アメット
「夕食を作るのはゆっくりでいいから、慌てないように。到着前に、もう一度電話をするね」
『はい』
「じゃあ、本当に気を付けて――」
クローリアに再度注意を促すと、シオンは電話を切る。
と同時に、凝り固まった肩を解す。
殆ど運動をしない仕事なので、完全に運動不足状態。これで今、何かトラブルが発生した場合、逃げ切れる自信はシオンにない。
(今度、運動するかな)
運動不足は身体に悪いので、手軽にはじめられるマラソンから開始しようかとシオンは考える。クローリアに「怪我に注意」と言ったが、シオン側が体調を崩したら元も子もない。
アイザックに小言を言われ、クローリアに心配される。
正直、これほどきついものはない。
皆に心配される状況に、自分は恵まれていると再認識する。上部の世界で暮らすより何倍も充実し、生きていることを実感することができる。この状況にシオンは「このまま……」と考えてしまうが、それが許されることはない。だからこそ「今」という時間を楽しんだ。
◇◆◇◆◇◆
電話で話した通り、シオンはいつもより早く帰宅することができた。椅子に腰掛けるとクローリアが作った美味しい料理に舌鼓を打ち、これによって疲労が抜けていく感じがした。
「ど、どうでしょうか」
「美味しい」
「良かったです」
「日々、成長しているね」
「美味しいと言って頂けるので……」
クローリアにとってシオンの感想が成長に繋がるのだろう、現に最下層から来た時より成長している。いつかもっと手に込んだ料理を作りたいと言うが、シオンはこれで満足している。
しかしクローリアにしてみれば、もっとシオンを喜んでほしい。だから日々練習し、作れる料理の数を増やす。最下層で暮らしていた時も料理をしていたが、此方に来てから料理の楽しさに目覚めた。これもシオンが側にいるからだろう、クローリアはついつい上目遣いで眺めてしまう。