アメット

 「恋人」という単語に、クローリアは特別な響きを覚える。

 そのような関係になるのだから、その先は――

 クローリアはそのことを想像し、赤面してしまう。

「どうした?」

「い、いえ」

 シオンに自分が何を想像していたのか悟られてはいけないと、クローリアは慌てて目玉焼きを食べだす。

 だが、慌てて食べたことにより黄身を周囲に飛ばし、テーブルを汚してしまう。

 クローリアはテーブルの上に置かれていた雑巾を手に取ると、飛ばした黄身を拭いていく。

 その間、彼女の表情は浮かない。

「慌てない」

「は、はい」

「何か考えている?」

「そんなことは、ありません」

 クローリアが発した否定の言葉は、完全に裏返っていた。

 自分が愉快な声音を発してしまったことに、顔が更に赤面していく。

 一方シオンは大笑いするが、彼女の身を心配することを忘れない。

「やっぱり、何か考えていた?」

「私は……」

「考えていただろう?」

「……はい」

 とうとう、シオンの誘導尋問に負けてしまう。

 クローリアは俯きながら、自分が何を考えていたのか伝える。

 途切れ途切れに話す内容に羞恥心が刺激されたのか、シオンと視線を合わせられなくなってしまう。

 また紅潮は耳まで達し、頭頂部から湯気が立ち昇りそうな雰囲気だった。

「俺は、いいよ」

「そう仰っても、シオン様は……」

「嫌だ?」

「そのようなことは……」

「なら、いいじゃないか」

「迷惑じゃないですか?」

「迷惑と思っていたら、アムルに頼まない」

 シオンの本音に、クローリアの心の中に温かいモノが広がっていく。

 彼女が考えていたその先というのは、シオンと夫婦になるというもの。

 勿論シオンはその先のことまで考えており、クローリアと一緒になることを望んでいた。

 だから事前にアムルに頼み、養女の件を了承してもらった。

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