アメット

(安定しない気候だ)

 利き脚に力を込め踏み止まるが、石を掴んでいる握力がいつまで持つか。

 途中で握力が尽きた場合、どちらの方向にどれだけの距離を飛ばされてしまうのか――

 と、科学者の性というべきか無意識に飛行距離を導き出すも、喜ばしい距離でないことに男は嘆息する。

(早く治まってくれ)

 すると男の願いが天に通じたのか、徐々に風が緩やかになってくる。

 最終的にそよ風程度の風力になってくれたことに男は安堵の表情を作るが、願いが天に通じた反面、大事なサンプルが納められていたケースが強風によって飛ばされてしまっていることに気付き落胆する。

(本当に厄日だ)

 これでは、植物の成長具合と進化状況に付いて研究を行うことができない。

 それに最大の収穫であった例の蕾が納められていたケースが無くなっているのだから、踏んだり蹴ったり。

 不運続きに男は悪態を付くと、先程通信を行っていた者に繋げ最悪の状態に付いて話しはじめる。

『それは大変だ』

「人事のように言わないで下さい」

『まあ、無事でよかった』

「確かに、そうですが……」

『そんなに不運続きなら、もう戻って来た方がいい。いくら防護服を着ているとはいえ、長時間外にいるのは身体に悪い』

「了解しました」

『無事の帰還を――』

 通信を切った後、男は徐に天を仰ぐ。

 強風の影響で周囲を覆う薄茶色のベールが取り除かれ、青空が見られるのではないかと期待するも、男の視界に映るのは鬱陶しいベールだった。

 男がいる世界は、人間にとって劣悪な環境といっていい。

 その中で逞しく育ち身体を進化させまで生きている植物は逞しいものだが、いかんせん軟弱の人間は植物と同等の道を歩めない。

 唯一人間の身体を護るのが、自分達が作り出したこの防護服。

 これがなければこの世界では生きていくことができず、植物のように独自の進化を遂げられればいいが期待はできない。

 あらゆる物を覆い尽くしている薄茶色のベールは、人間の負の象徴。

 文明文化が発達しすぎた故の明確な過ちは、多くの人間の生命を脅かし住まいを奪う。

 結果、自分で自分の首を絞め続け、人間は自分達の生命を護るかのように堅く閉ざされた人工物の中で過ごしている。

< 3 / 298 >

この作品をシェア

pagetop