アメット
「で、ですが……」
「焦っても、いいことはないです」
彼等にとってシオンの態度は珍しいものであったのだろう、誰もが一度時間を停止させる。
それでも自分の地位に溺れない彼の態度に感銘を覚えたのか、感謝の言葉を述べいく。
しかしシオンが欲しいのは感謝の言葉ではなく、手続きを早く済ませて欲しいというものだった。
そして、数分後。
無事に手続きを終え、最下層へ続くエレベーターを使用することができた。
シオンは乗り込むと同時に、手続きに手間取っていたことは報告しないと彼等を安心させる。
思いがけない言葉に再び感謝の言葉が発せられるが、エレベーターの扉が閉まり最後まで聞くことはなかった。
◇◆◇◆◇◆
劣悪な環境。
犯罪の巣窟。
階級社会を認めない。
エレベーターで最下層へ向かうシオンの脳裏に過ぎるのは、それらの言葉。
最下層は普通の人間が暮らすのに相応しくない環境と揶揄され、ネット上に載せられている文章の全てが辛辣そのもの。
中には好き好んで行くものはいない場所と、気を重くする文章もあった。
(しかし、今回は仕事。といっても、じゃんけんに負けたのだから仕方ない。ネットの情報が、間違いであればいいけど)
ネットに書かれている情報が正しいものであったら、階級が上のシオンが行ったらどうなるかは目に見えている。
だが、調査もせずに手ぶらで帰れば、イデリアが何と言うか。
お得意の愚痴攻撃は確実で、ネチネチといびってくるだろう。また、自分自身の立場も危うい。
現在の状況を受け入れ、諦めるのが一番。
それに下降しているエレベーターからは、逃げ出すことはできない。
シオンはやれやれと肩を竦めると、最下層に漂う汚い大気から肺を守る為に防護用のマスクを着用し、イデリアから手渡された機械を起動させ地図を眺める。
(思ったより狭い)
それが、地図を見た時の第一印象だった。
上部からの物資の配給がままならない階層なので、大きく発展することができなかったのだろうか。
それとも大気汚染の影響で、人口が増えることができないのか。
そう独自の考えを巡らせながら、最下層に到着するのを待つ。