アメット
シオンの話を聞いていた、周囲の者達が一斉にざわめきだす。
互いに顔を見合わせ、何やら話し合いだす。
その異様に近い光景に、シオンは自分がどのような場所に来たのか嫌でも再認識する。
同時に、この後彼等にとんでもないことをされるのではないかと、悪い面を想像する。
幸い、シオンの悪い想像は外れ、最下層の住民は好意を示してくれる。
彼等にとってまさか本当に科学者が大気調査に訪れるとは思ってもいなかったのだろう、何処か意外すぎる表情で歓迎してくれた。
一方のシオンは、拍子抜けと取れる展開になかなか付いていけなかった。
先程シオンが声を掛けた女を含め、数人の住民がこの階層で一番偉い人物の所へ案内を申し出てくれる。
「一番偉い」という単語に身が竦む思いがしたが、予想していた殺伐とした雰囲気とは違う心優しい彼等の態度に、シオンは無言で頷き彼等の申し出を受け入れることにした。
彼等が言う「一番偉い人物」がいる場所は、古めかしい建物の一階で営業している店だった。
しかし店といってもシオンが知っている華やかな店内と違い、薄汚れ店というより倉庫という言葉が似合う。
案の定、店に並べられている服も汚れ、色落ちが激しい物が目立つ。
シオンが物珍しそうに店内を物色していると、この店の店主らしき四十代後半の最下層には似合わない品のいい女が声を掛けてくる。
相手の声音にシオンは反射的に視線を合わすと、相手がこの階層で一番偉い人物か尋ねる。
すると何がおかしいのか、女が急に笑い出す。
「貴方が捜しているのは、夫の方よ」
「では、何処に――」
「外で、仕事をしているわ」
「そうでしたか」
目的の人物ではなかったことにシオンは肩を落とすと、場所を教えて貰えれば自分で行くと言う。
彼の言動に、相手は微かな反応を見せる。
防護マスクをしている時点で、相手がこの階級の人間ではないことは一目瞭然。
それだというのに荒々しい口調で一方的に命令せず、物腰は柔らか。
それに、階級が上ということで偉ぶることはせず、最下層の住民相手に敬語を使用している。
信じられない出来事の数々に、女店主はシオンをこの店に案内してくれた住民に、夫を呼びに行って来て欲しいと頼む。
「面白い人物が来ている」と、言うようにと付け加えて――
案内してくれた住民が去り、二人っきり微妙ともいえる空気が漂う建物の中に残されてしまう。
何を話していいかわからないシオンは沈黙を続け、相手が話し掛けてくれるのを待つ。
だが、内心では返答に困るので何も話し掛けないで欲しいというのが、本音でもあった。