アメット
5分。
10分。
時計がないので正確な時刻は把握できないが、現在の状況の中で「待つ」という行為は苦痛に等しい。
だからといって話し掛けて欲しくないので、此方から何も言うわけにはいかない。
シオンは目を閉じ静かに呼びに行った相手がやって来るのを待つが、精神的な疲労は半端ない。
一体、どれくらいの時間が経過した頃か――複数の声音が耳に届く。
その声音にシオンは、本当の「一番偉い人物」がやって来たことを知り、視線を店の外に向け相手を出迎える。
その者は先程の女と同年代と思われる男で、煤で汚れた服と筋肉質の身体が印象的だった。
男と対面し、一番に目が行ったのは身体の至る箇所に刻まれている傷痕。
喧嘩をして負った傷なのか、それとも別の要因で負ったものか。
男が纏う雰囲気と数多くの傷痕が、シオンの思考を悪い方向へ働かせ、やはり最下層は危ない場所なのではないかと思ってしまう。
一方、相手はシオンを不審に思っているのか、鋭い眼光で睨んでくる。
上司が発するオーラとは違う独特の迫力にシオンは一瞬たじろいでしまうが、ここで負けてはいけないと自分に言い聞かせ気合を入れると、先程女に尋ねたことと同等の内容を男に尋ねてみることにした。
「ああ、周囲からそう言われている」
「そ、そうですか」
「で、お前は科学者か」
「……はい」
「専門は?」
「現在、外界の浄化プロジェクトに関わっていまして……まあ、中枢を担っているわけじゃないですが」
「下っ端か」
「痛い部分を――」
シオンの言い方が面白かったのか、男が急に大声で笑い出す。
それに釣られるようにして、彼の妻も口許に手を当て笑い出す。
突然笑われたことにシオンはあたふたし状況を掴めないでいると、男は本当に自分達より階級が上の人物なのか、シオンに質問を返して来る。
「勿論です」
キッパリと言い放つシオンに男は、野暮な質問をしてしまったと詫びる。
そもそも階級が上の人物でなければ、最下層に出入りできない。
それ以前に、防護マスクを身に付け歩いている人物など、階級が上の人物しかいない。
だが、念のためということで敢えて質問を行なったと男は話す。