アメット
一体、何十年前の建物なのだろうか。
まるで前の住人に見捨てられ廃墟になった建物に違う住人が住み着き、新しい生活を営んでいる――
という雰囲気が感じられる。
それに彼等は汚い場所でも屋根がある場所で生活できればそれでいいのだろう、特に大気汚染以外不平不満は耳にしない。
貧しいながらも、心は美しい。
それが、正しい最下層の住人の表現方法だろう。
しかしだからといって、彼等の中に混じって生活を送るという考えには至らない。
物心付く以前から物質に溢れ不自由のない生活を送っていたシオンにとって、それらを捨て去ってまで最下層に来る勇気は持ち合わせていない。
なんだかんだといって、現在の地位にしがみつく。
それが正しいかどうかはわからないが、これこそが人間が持つ本質。
それに、最下層の建物を見た第一声が「汚い」の二文字だった。
また、クローリアの自宅に入るのを躊躇っている自分もおり、何とも複雑な心境に陥る。
自分自身の情けない面に呆れるかのように溜息を付き肩を竦めると、クローリアの自宅に立ち入る。
すると、男女三人の和気藹々とした声音が耳に届く。
そして一拍置いた後、クローリアの声音がシオンの名前を呼び、両親に紹介したいので此方に来て欲しいと頼まれた。
「この方が、シオン様です」
クローリアの紹介にシオンは軽く頭を垂れ、自分がどのような職業に就きどのような理由で最下層に来たのか話す。
流石に防護マスクを付けた見慣れない人物の登場に彼女の両親は驚きを隠せないらしく、自分達より階級が上の人物ということで恭しい態度を取り落ち着かない。
「大丈夫。シオン様は、優しい方よ」
「と、言っても……な」
不安そうな声を上げたのは、クローリアの父親。
彼女の話で「病気」とあったとおり、顔色が悪く身体がやせ細っている。
また実年齢がいくつかわからないが現在の見た目は五十を越しており、時折咳き込んでは妻や娘に背中を擦らせ相当身体が弱っていることを教える。
「寝ていた方が……」
「そうよ。シオン様が言っているように、寝ていた方がいいわ。無理をすると、悪化してしまうわ」
「だ、だが……」
階級が上の人物がいるというのに、その前で寝ていていいものなのか。
そのような思いがあるのだろう、娘が言ってもなかなか聞き入れようとはしない。
見兼ねたシオンは頭を振り我慢してもいいことがないと伝え、クローリアに父親を早くベッドに横たわらせるように促す。