アメット

 シオンが研究室に立ち入った瞬間、一斉に全員の視線が彼に集中する。

 それに続くように仲間達が口々に発したのは、洗浄を待っていた者達と同等の言葉。

 彼等の言葉にシオンは苦笑すると同情に対して一応感謝の言葉を返すが、複雑な心境が続いたのは言うまでもなかった。


◇◆◇◆◇◆


 キーボードに最後の文字を打った後、シオンは盛大な溜息を付く。

 これでやっと、溜まっていた仕事のひとつが終了した。

 当初は短時間で終了する仕事と踏んでいたが、思った以上に時間が掛かってしまった。

 同時に激しい疲労感が身体を襲い、何度も欠伸が漏れ出る。

 最下層の調査に続き、溜まっていた仕事をこなす。

 過重労働に、いつか忙殺されるのではないかと危惧するシオン。

 今度の定期健診は確実に引っ掛かるのではないかと、二度目の溜息を付く。

 科学者という職業柄、医者に世話になることは多々あり、現に入院した者もいる。

 シオンはそこまでいった経験はないが、今回だけは流石に危険だと判断する。

 定期健診の前に、自ら進んで病院に言った方がいいのではないか――しかし簡単に有休を取れるほど、甘い職業ではない。

 なら何か栄養がある物を食べるべきだが、生憎料理には長けていない。

(栄養ドリンクか、それとも直接注射か点滴か……一人で行くのは寂しいから、アイでも誘うか)

 別に病院と医者が嫌いというわけではないが、独特の雰囲気が苦手であった。

 まるで幼い子供が誰かを誘ってトイレに行く行為と似ていなくもないが、シオンは自分が臆病だとは決して認めない。

 それについてアイザックは、笑って横に流してくれている状態であった。

 何気なく視線を横になると、椅子に凭れ掛かって寝ている人物が視界に移る。

 彼もシオン同様に疲れているのだろう、口を半開きにしながら気持ち良さそうに眠っている。

 折角寝ているので起こしては悪いと、シオンはパソコンの電源を落すと相手を起こさないように静かに立ち上がる。

 周囲に視線を走らせれば、隣の人物のように仮眠を取っている者が数名いる。

 また集中していたので気付かなかったが、現在の時刻は夜を回っている。

 また夜勤で徹夜か――と心の中で嘆く。

 すると嘆きに反応するかのように、シオンの腹が間延びした音を鳴らす。

 そういえば、まだ夕食を取っていなかった。

 何か腹の足しになる物を買いに行かないといけないと考えていると、隣で口を半開きにして眠っていた科学者が、シオンの腹の音に気付いて目を覚ます。

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