アメット

 これから一部の科学者が集まり、専用の部屋で小難しい会議を開く。

 その参加者の一人が先程シオンに収集データを求めた男で、シオンに軽く手を上げ挨拶した後会議室へ向かう。

 複数の科学者が会議に行ってしまったので研究室の中は静かになってしまったが、休憩のタイミングとしては都合がいい。

 シオンは凝り固まった肩を解した後椅子から腰を上げると、身近で黙々と仕事を行なっている者に「休憩しに行く」と伝言を残し、研究室を後にした。


◇◆◇◆◇◆


 普段シオンが使用している休憩場所は、廊下の一番奥に存在する狭いスペース。

 しかし狭いといっても観葉植物と休憩用の椅子が置かれ、尚且つ種類豊富の自動販売機が設置されているので多くの科学者が利用しているのだが、現在の利用者はシオン一人だけであった。

彼は自動販売機からカフェラテを購入し、それを片手に美しく磨かれたガラスの外を眺める。

 すると毎日同じように見える光景に気分が滅入ってきたのか、置かれている状況を嘆く。

 現在、シオン達人間が生活しているのは〈ドーム〉と呼ばれている巨大な人工物の内部で、汚染され有害な物質が漂う外界で暮らすことのできない彼等にとっての安住の地。

 このドーム内はコンピューターよって快適に過ごせる温度に保たれ、天候は自由自在に調節できる。

 そして時間によって天井に投影されている画像も調整することができ、ドーム全体を明るく照らしている人工の明かりもまたコンピューターで制御されている。

 現在の天候は快晴で、夕方の時刻には早いので天井に投影されているのは、美しい青空と薄い一筋の雲が少々。

 それは見た者によっては清々しさを与えるが、シオンにとっては清々しいどころか重苦しい。

 その原因が、ドームの天井や側壁が人工物で閉じられているからだと彼は知っている。

 理由の中に「外界の汚染物質の侵入を防ぐ目的があるから」という建前上の意見があるが、荒れ果てた外の世界を見たくないというのが正しい意見なのだろう。

 だから偽物の空と天候を造り、ドーム内を汚染されていない当時の外界と同じ世界を造り出そうとしている。

 だが、人工的に造られた仮初のモノであっても十分である。

 命令で何度も外界に出向くシオンは、大気汚染が酷い世界にいい印象を受けない。

 それどころか劣悪な環境に酷い目に遭い、いつか本当に命が奪われるのではないかという危機感を抱かせる世界に身震いさえ覚える。
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