アメット
だからそれらが本物ではなく偽物であったとしても、劣悪な環境の中から帰還し見た青空に気分が救われたことが多い。
「ああ、生きている」それを実感できるのも、この空であった。
(浄化プロジェクトが発足して、いく年月……本当に浄化できるのかどうか、怪しくなってきたな)
科学者が推し進めている、浄化プロジェクト。
最初は自分達が持つ科学力を用いれば簡単に浄化が可能だと考えていたが、いまだに成功に至っていない。
シオンが言っていたように状況が悪化していないだけマシというものだが、なかなか成功しないことに苛立ちがないわけでもない。
(今回の会議は……)
シオンはカフェラテを喉に流しつつ今行われている会議でいい方法が見付かればいいと思うが、なかなかその方法が見付からないのもお約束になっている。
また目に見えるかたちで存在しているモノによって一部の意見が妨害されていることも、シオンは気付いている。
(あいつ等は……)
勿論、妨害を行なう者がどのような人物か知っている。
しかし外界を浄化し再び人間が暮らすことのできる世界にすることが、推し進めているプロジェクトの最大の目的。
それだというのに、彼等が妨害してくるのは――
意見の相違ではなく、立場上と取得権益である。
ふと、シオンは自身の左手の甲に視線を落とす。
手の甲の表面に描かれているのは、小さいながらも複雑な模様。
一見刺青か何かに見間違えそうな模様だが、これこそが全ての元凶といってもいい。
ドーム内で暮らしている人間全ては、コンピューターで管理されている。
それぞれの生態データは一箇所で管理され、その証として記されているのがシオンの左手の甲にある模様。
そして全ての人間がドーム内で快適な生活を送っているわけではなく、明確な格差が存在する。
どうしてこのような格差が生み出されてしまったのか、明確な理由はわかっていない。
現在「格差」は「階級」に姿を変え、ドーム内で暮らしている者達を目に見える形で束縛する。
再びカフェラテを飲みつつ、シオンは自分が置かれている階級について考えていく。
彼の階級は決して悪い方というわけではなく、一般的に「普通」の階級だが、上には上がいるので彼等には逆らえない。
毎回の会議がいい方向へ行かないのもこの階級の影響で、高い階級の者が好き勝手に発言し、結果として纏まらないものになってしまっている。
下の階級の者に知力面で劣っているわけではないが「自分の方が上」という驕りが思考を鈍らしていることには、気付いていない。