13年目のやさしい願い
「何に頭を下げてる?」
語調は穏やかなのに、静かな迫力に満ち溢れた声に10秒程の沈黙の後、ようやく答えらしきものを見つけ、
「陽菜ちゃんを患わせたことに……」
と答えた。
「……なるほど」
陽菜ちゃんのお兄さんという人は、その答えに納得していないのか、冷たい視線を外そうとしない。
顔を上げ、その視線に射すくめられ、思わず後ずさりそうになりつつも、逃げるな、と自分を叱咤激励する。
「篠塚先輩を手引きしたことに……」
と付け足すと、お兄さんは更に厳しい表情を見せた。
「何を聞いた?」
「は?」
「陽菜からなんと聞いた?」
「篠塚先輩に、二度とこんなことがないよう念を押して欲しいと……」
「なるほど」
その冷たい視線の意味にようやく思い至り、スッと全身の血の気が引いた。
「で?」
主語も述語も、目的語もない問い。
でも、言いたいことは分かる。
自分はまだ何もしていなかった。できていなかった。
どう切り出したらいいのか分からなかったのだ。
怒り狂う篠塚先輩にクギを刺すだなんて、正直、自分にできる気はしなかった。
けど、オレは陽菜ちゃんに約束した。
あれだけ迷惑をかけたオレを、陽菜ちゃんは気持ちよく許してくれた。
篠塚先輩に二度とこんなことをしないように言質を取ると言うのは、その時に、陽菜ちゃんの口から出された、たった一つの希望。