きっと、これは
「……笠井君」


 一階にある下駄箱の近くで、私は立ち止まって彼の名を呼んだ。
 オレンジ色の夕陽が、差し込んで来る。
 どこの部だろうか、走り込みや声出しをしている声が校舎内まで聞こえて来る。
 彼は振り返って、私が立ち止まっている事に気付くと、彼も無意識にか、立ち止まる。
 どうやら私の声は、外の音に掻き消されずに済んだようだ。
「……何ですか」
 彼は私から視線を逸らす事なく、じっと見据えて来る。
 私は勇気を出して言葉を紡いだ。
「……この間、別れ際に言った笠井君の言葉……あれって……」
 どういう意味……? そう続けると、彼は特に表情を変える事なく、
「そのまんまですけど?」
 さらりとそう返された。
「え、そ、そのままって……そのまま?」
 私は彼に言われた言葉を思い出し、自分なりに解釈をすると、どうしても自分に都合のいいように解釈をしてしまうのだ。だから「そのまま」だと言われて、あたふたとしてしまった。
 今まで真顔でこちらを眺めていた彼は、そんな私を見ると、ふっと笑った。
 私は恥ずかしくなって視線を逸らすと、

「先輩」

 突然呼ばれて、また彼を見た。
 彼から紡ぎ出される言葉を黙って待っていると、彼はあの時と同じように、にっと悪戯っぽく笑って、言った。


「俺、先輩の事、好きになってもいいですか?」


 彼の言葉に驚いて何も言えずにいると、「それじゃ」と、また私を置いて一人去って行った。
 遠ざかる彼の背中を、ぼんやりと眺める。追い掛ける事はしなかった。する必要もなかった。
 だって、彼の背中は、冷たく離れて行ってしまったんじゃない。あれは、とても温かい背中。

 笠井君。
 あのね、私本当は本なんて別に借りたいと思ってなかった。読書が好きな訳じゃないし。でも、借りたらまた返しに行かなきゃいけないから。また、笠井君に会えると思ったから。
 あの時の気持ち、それはきっと。
 今の気持ち、これはきっと。
 次会えたら、今の返事をしてもいいかな?


 いいよ


 って。
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