きっと、これは
-池内Side-
「急がないと……」
先日行われたテストの点が下がってしまった事で、放課後、担任の先生に呼び出されてしまった。
部活もあるのに先生の話ってば長いんだから……。
校内に設置された時計を見ると、部活は既に始まっている時間だった。
私は運動部に所属している。
部室に着いたらすぐに着替えられるようにと、体操着を手に抱えたまま、廊下をバタバタと走っていた。
階段を下りてあの角を曲がって……そう考えて角を曲がろうとしたその時――……。
「――!」
ドンッ! と何かにぶつかったような鈍い音と共に、自分にも衝撃が走った。
「痛っ……」
「……ッ……」
鋭い痛みが走ったその一瞬、何が起こったのか分からなかった。
目を開けると、先刻まで走っていた自分は尻餅をついて座り込んでいるし、抱えていた鞄も体操着も、近くに散乱している。
そして目の前には……。
「――君は……、」
そこには、今日の一限目の終わりに、武本を訪ねて来た笠井という少年が、座り込んでいた。
彼の傍らには、何冊もの本が散乱している。
どうやら自分とぶつかったのは、この少年のようだ。
「ご、ごめんね……大丈夫だった……?」
ゆっくりと立ち上がりながら少年に問うと、彼もまたゆっくりと立ち上がる。
彼は制服をパンパンッと叩きながら、「……大丈夫です」と、ぶっきらぼうに答えるだけだった。
「本当にごめんね……」
私はもう一度謝罪の言葉を口にすると、彼の傍に散乱している本を拾い上げようと、再びしゃがみ込んだ。
こんなに何冊もの本を抱えて彼は歩いていたのだろうか。だったらきっと、彼は走ってなどいなかっただろう。自分が勢い良く走っていた所為で、彼まで巻き込んでしまったのだ。
申し訳なさに必死で本を掻き集めていると、頭上から「あ」という声が聞こえた。
「……?」
私が顔を上げて、その声が発せられた方向――少年の顔を見ると、彼は私の顔をじっと見つめていた。そして言葉を続ける。
「タケ先輩の彼女。」
私はその言葉に、固まってしまった。
タケ先輩……? タケ……? 「タケ」というあだ名は、私の知る限りではあいつしかいない。あいつ、同じクラスの、しかも隣の席のあいつしか――武本しか知らない。
しかも今日この少年は、武本を訪ねに、教室までやって来ている。
まさか、まさか……。
私は徐に立ち上がると、眼前の少年を見据えた。
「……タケ先輩って、武本の事?」
「はい」
彼はさらりと答えた。
「私が、武本の、……彼女?」
「違うんですか?」
彼はつり目がちの瞳を大きくさせて、パチクリとさせた。彼のとんでもない勘違いに、私は慌てふためいて、必死に否定の言葉を口にした。
「わ、私、あいつの彼女じゃないよ……!」
何でよりによってあいつなの……。どうせ勘違いされるんなら、もっと素敵な男子にして欲しいよ……。武本なんて仲のいい男友達ってだけなんだし……。
私は、自分の相手が武本だと勘違いされた事と、勘違いしていたのがこの少年だった事にショックを受けてしまった。
「あいつは、仲のいい男友達で……お互いにそういう感情は一切ないよ」
何とか誤解を解こうと、私がそう言うと、彼は私をじっと見つめた後、しゃがみ込んで私の散乱している荷物を拾い上げようとしていた。
「あ、自分で拾うからいいよ」
私が慌てて片付けようとすると、彼は私の体操着を丁寧に畳み、私に手渡してくれた。
「池内さんって言うんですね」
「え? あ、うん……。……ありがとう」
噛み合わない話に少しだけ戸惑ったけれど、彼が丁寧に畳んでくれた体操着を受け取ると、私はお礼を言った。名字は、体操着に刺繍されたものを見たのだろう。
それから特に会話をする事なく、お互いがお互いの持っていたものを片付けて拾い上げると、その手に手渡した。
本をどっさりと抱えた彼は、私に背を向けて歩き出そうとしていたから、私は最後に呼び止めた。
「笠井君、だったよね? 本当にごめんね。怪我はなかった?」
彼――笠井君はくるりと私の方へ振り返ると、
「ほんとに大丈夫です」
そう言った。
私が安心して微笑むと、それを確認した笠井君は、前を向いて歩き出した。
その背中を暫く見つめていると、突然彼が立ち止まり振り返ったから。
「!」
ドキッとした。見つめていたのがバレのだろうかと少しだけ動揺してしまった。
笠井君をじっと見つめていると、彼はにっと笑って言った。
「池内先輩が、タケ先輩の彼女じゃなくてよかった。……まっ、タケ先輩に笠井先輩は勿体無いですけどね」
じゃ、そう言って背を向けて歩き出す彼。
意味深な言葉と私一人をその場に残して、彼はもう振り向く事はなく去って行った。
先日行われたテストの点が下がってしまった事で、放課後、担任の先生に呼び出されてしまった。
部活もあるのに先生の話ってば長いんだから……。
校内に設置された時計を見ると、部活は既に始まっている時間だった。
私は運動部に所属している。
部室に着いたらすぐに着替えられるようにと、体操着を手に抱えたまま、廊下をバタバタと走っていた。
階段を下りてあの角を曲がって……そう考えて角を曲がろうとしたその時――……。
「――!」
ドンッ! と何かにぶつかったような鈍い音と共に、自分にも衝撃が走った。
「痛っ……」
「……ッ……」
鋭い痛みが走ったその一瞬、何が起こったのか分からなかった。
目を開けると、先刻まで走っていた自分は尻餅をついて座り込んでいるし、抱えていた鞄も体操着も、近くに散乱している。
そして目の前には……。
「――君は……、」
そこには、今日の一限目の終わりに、武本を訪ねて来た笠井という少年が、座り込んでいた。
彼の傍らには、何冊もの本が散乱している。
どうやら自分とぶつかったのは、この少年のようだ。
「ご、ごめんね……大丈夫だった……?」
ゆっくりと立ち上がりながら少年に問うと、彼もまたゆっくりと立ち上がる。
彼は制服をパンパンッと叩きながら、「……大丈夫です」と、ぶっきらぼうに答えるだけだった。
「本当にごめんね……」
私はもう一度謝罪の言葉を口にすると、彼の傍に散乱している本を拾い上げようと、再びしゃがみ込んだ。
こんなに何冊もの本を抱えて彼は歩いていたのだろうか。だったらきっと、彼は走ってなどいなかっただろう。自分が勢い良く走っていた所為で、彼まで巻き込んでしまったのだ。
申し訳なさに必死で本を掻き集めていると、頭上から「あ」という声が聞こえた。
「……?」
私が顔を上げて、その声が発せられた方向――少年の顔を見ると、彼は私の顔をじっと見つめていた。そして言葉を続ける。
「タケ先輩の彼女。」
私はその言葉に、固まってしまった。
タケ先輩……? タケ……? 「タケ」というあだ名は、私の知る限りではあいつしかいない。あいつ、同じクラスの、しかも隣の席のあいつしか――武本しか知らない。
しかも今日この少年は、武本を訪ねに、教室までやって来ている。
まさか、まさか……。
私は徐に立ち上がると、眼前の少年を見据えた。
「……タケ先輩って、武本の事?」
「はい」
彼はさらりと答えた。
「私が、武本の、……彼女?」
「違うんですか?」
彼はつり目がちの瞳を大きくさせて、パチクリとさせた。彼のとんでもない勘違いに、私は慌てふためいて、必死に否定の言葉を口にした。
「わ、私、あいつの彼女じゃないよ……!」
何でよりによってあいつなの……。どうせ勘違いされるんなら、もっと素敵な男子にして欲しいよ……。武本なんて仲のいい男友達ってだけなんだし……。
私は、自分の相手が武本だと勘違いされた事と、勘違いしていたのがこの少年だった事にショックを受けてしまった。
「あいつは、仲のいい男友達で……お互いにそういう感情は一切ないよ」
何とか誤解を解こうと、私がそう言うと、彼は私をじっと見つめた後、しゃがみ込んで私の散乱している荷物を拾い上げようとしていた。
「あ、自分で拾うからいいよ」
私が慌てて片付けようとすると、彼は私の体操着を丁寧に畳み、私に手渡してくれた。
「池内さんって言うんですね」
「え? あ、うん……。……ありがとう」
噛み合わない話に少しだけ戸惑ったけれど、彼が丁寧に畳んでくれた体操着を受け取ると、私はお礼を言った。名字は、体操着に刺繍されたものを見たのだろう。
それから特に会話をする事なく、お互いがお互いの持っていたものを片付けて拾い上げると、その手に手渡した。
本をどっさりと抱えた彼は、私に背を向けて歩き出そうとしていたから、私は最後に呼び止めた。
「笠井君、だったよね? 本当にごめんね。怪我はなかった?」
彼――笠井君はくるりと私の方へ振り返ると、
「ほんとに大丈夫です」
そう言った。
私が安心して微笑むと、それを確認した笠井君は、前を向いて歩き出した。
その背中を暫く見つめていると、突然彼が立ち止まり振り返ったから。
「!」
ドキッとした。見つめていたのがバレのだろうかと少しだけ動揺してしまった。
笠井君をじっと見つめていると、彼はにっと笑って言った。
「池内先輩が、タケ先輩の彼女じゃなくてよかった。……まっ、タケ先輩に笠井先輩は勿体無いですけどね」
じゃ、そう言って背を向けて歩き出す彼。
意味深な言葉と私一人をその場に残して、彼はもう振り向く事はなく去って行った。