きっと、これは

-池内Side-

 ――――美鈴。
 いきなり名前を呼ばれた時は驚いたし、何よりドキッとした。
 呼ばれたって言うか、ただ初めて知った名前を呟かれただけだったんだけど、何か、嬉しかった。
 結構仲良しの武本だって私の事は名字で呼ぶ。名前で呼ぶ人は女友達しかいないから、恥ずかしいけど嬉しいと思った。
 嬉しいと思った事が恥ずかしい。
 何だかまるで……彼に恋した乙女みたいじゃないかって。
 でも、彼が笑ってくれた事も、本気で嬉しいと思ってしまった。これはもう誤魔化しようがないくらいに、本気で嬉しかった。
 私は、彼の名前も聞いてみる事にした。
「笠井君の名前は、なんて言うの?」
 尋ねると、彼はたった一言、
「リョウ」
 そう言った。
「リョウ君かぁ……へー」
 笠井リョウ、か。
 私は心の中で彼のフルネームをなぞると、嬉しくなって笑ってしまった。
「……何笑ってるんですか」
「ううん、何でもない」
 彼に不審がられてはいけないと思い、これ以上は笑いを堪えた。
「そろそろ図書室閉めるんですけど」
「あ、うん」
 時計を見ると、結構時間が経ってしまっている事に気付いた。
 私は急いで図書室から出ると、彼はまだ消灯や戸締りをしていた。その様子をじっと見つめながら待っていると、彼は漸く室内から出て来て、扉の鍵を閉め始めた。
「別に待ってなくて良かったのに」
 鍵を閉め終えた彼にそう言われたけど、自分の所為でこんな時間になってしまったのだから、先に行くのは何だか気が引けた。
「私の所為でここに長居する事になっちゃったから」
「別に。俺、今日当番だし」
 そう言って彼は廊下を歩き出した。途中まで一緒に行こうと、彼の少し後ろを、私も歩き出す。
「でも普通、こんな時間まで委員の仕事はないんでしょ? そもそも放課後は司書くらいしか……」
「俺、先週当番だった事忘れてて、サボっちゃったんですよね。だからその罰として、今日の放課後、本棚の整理でもしろって言われたんですよ」
「そうだったんだ」
 それから暫くはお互いに何も言わずに歩いていた。
 沈黙のまま、階段を下りて二階に。そして一階に。
 その沈黙の中、私はある事をずっと考えていた。考えて考えて、彼にどうしても聞きたいと思った。
 でもいつ切り出そうかと考えて、そして、聞いてしまってもいいのか、聞く勇気はあるのかと、自分に問い質すまでになった。
 私も彼も、この後部活に行かなければいけない。
 別れてしまう前に、機会がある内に、やっぱり、聞こうと思った。
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