声を聞くたび、好きになる
埃っぽいリビングに通されるなり、妹的立場を主張するみたいな言い方で私は言った。
「病院、行ってる?」
ネットのニュースによると、流星は声帯の病気で長期休業を余儀なくされているとあった。
「病院は行った。でも、治らない」
「何で?最初の病院がダメなら、違う病院に行った方が……」
声優は声が命。専門的なことは知らないけど、声帯の病気を軽く見たら取り返しのつかないことになる気がする。
「病院の治療で治るならとっくに治ってる。俺の声が出なくなったのは、精神的なものらしい」
「そう、なの?」
「マイクの前に立っても、その向こうが想像できないから、声が出なくなってしまう。演じることが、とてつもなく難しく感じるんだ……」
唇をかみしめ、流星は私をじっと見つめる。
「ミユにサヨナラしてから、そうなった……」
「え?」
「俺が声優目指してたのは、ミユが居たからなんだ。昔から、ミユってアニメが好きだっただろ?好きな男キャラ見てうっとりしてるミユの横顔見て子供心に嫉妬したりして。俺が声優だったら、もっといい演技してミユを虜にするのにって、生意気なこと考えてさ」
知らなかった。私が流星に声優の夢を抱かせていたなんて……。しかも、そんな可愛らしいヤキモチを妬いてくれていたなんて。
「ミユの一番になりたい。そう思って、必死に夢を追いかけていたら、運良く人気声優になれた」
デビュー当時のことを思い出しているのか、流星は小さく笑う。痩せてしまった顔に笑顔が浮かんで、少しホッとした。
「……ミユが居たからだ。画面の向こうにミユがいると思ったら、自然といい演技が出来てた。かっこよく決めたいって意識したら、気持ちが引き締まったし……」
流星の声が、トーンダウンする。私は思わず身構えた。
「ミユに合鍵を返してからというもの、そういうプラスの勢いがどこかに行っちゃったんだよ。
『ミユは俺の声が好きなだけ』本気じゃなかった。あの時は勢いで…感情的になって、ミユを試すつもりでそんなこと言ったけど、言った後、だんだん、それが本当のことのように思えてきた。自分が無責任に発したそのセリフに、丸々のまれた。
ミユのために声優になったけど、自分が本当に求めていたものは何だったんだろう??そう思ったら、もう、マイクの前に立つことすらできなくなって……」
そこまで思い詰めていたなんて知らなかった。
流星の力になれるのなら、何かしてあげたい。でも、どんな言葉を返すのが正しいのか分からない。下手なことを言ったらよけいに傷付けてしまう気がする……。