声を聞くたび、好きになる
足が震える。海音の目を見られなかった。
今までさんざん甘えておいてこんなことを言うなんて、最低な女……。海音もきっと、流星のように私を責め立てる。それでいい。そうなってほしい。
海音は私の予想を裏切った。
責めるでもなくキレるでもなく、余裕ありげに微笑し、
「分かった。ハッキリ言ってくれてありがとう」
子供をあやすみたいに、私の頭を撫でた。
「俺が告白したせいで、ミユには嫌な役回りさせた。こんなことわざわざ言うの、しんどかったと思う。ごめんな」
何で、怒らないの??
怒る代わりと言わんばかりに、海音は細い声で名残惜しげにつぶやく。
「小野さんがうらやましい。俺も、荒れて酔うくらいミユに愛されたかった」
「……私が小野流星のこと好きって、知ってたんだ」
「ミユは記憶にないだろうけど、あの日は本当に酔いがひどくて。何度も小野さんの名前繰り返してた」
「そうだったんだ……」
困ったように笑い、海音は言った。
「話すべきかどうか迷ってたんだけど、俺達ミユのお父さんつながりで、昔ちょっとした知り合いだった」
「お母さんに聞いたよ。私は覚えてないけど」
「……そうか。知ってたんだ。まあ、覚えてないのはいいとして、そういう縁もあるし、これからも仕事の関係は続いてくから、この件はなかったことにして、お互い普通に仲良くしような。気まずくはなりたくない」
「でも……」
海音が、どこまでも大人に見えた。最後まで私を気遣ってくれている。自分はつらくないの?
「冷たくしてくれていいのに……」
「難しい注文だな。ミユは紙川出版の看板イラストレーターなんだから、大切に扱わないと編集長に叱られる」
冗談めかして、海音は笑う。
海音と恋人同士になる夢は閉ざされたけど、嫌われなくて良かったと安心してしまう。こんな自分が、ますます嫌になった。
「仕事に戻る。じゃあ、またな」
「こんな時間に?」
「適当にその辺泊まって、明日早朝に帰る。ミユは、休暇楽しんで。この先、こんな長い休み与えてあげられないかもしれないし」
最後はわざと意地悪な顔をし、海音は夜道を引き返していく。
どんどん遠ざかっていく背中。数ヵ月かけて近付いた心の距離が、いっきに離れていく……。