声を聞くたび、好きになる

 焦る。こんなことは初めてだった。

 選んだ画材が悪いのだろうか?

 描き方や画材を変えてアイデアの練り直しを試みたけど、良い発想が浮かぶどころかよけいにこじれた。


 海音から仕事の打ち合わせの連絡があったけど、極力メールで返信するようにし、電話には出ないようにした。

《作業に集中してたよ。何だった?》

 メールでそう返せば、海音は理解を示してくれた。内心どう思っているかは分からないけど。


 締め切りに余裕があるからいいものの、依頼された仕事は全く進まない。

 これまでハイスピードで依頼をこなした経緯を評価されているので、他の依頼が次々とやってくる。ひとつ、またひとつ仕事が増える。気が気じゃなかった。

 どうしよう。もう、描けない……。どうして?


 前なら真っ先に海音を頼っていたけど、今は恐くて何も相談できない。ちゃんと成果を出して、交際中の彼女に私のグチをこぼさなくても済むようにしなくてはならない。

 海音以外に相談できる相手は限られている。小学生の時からの親友モモ。

 メールで軽くモモに相談したら、

《そのうち描けるようになるよ。プロなんだから自信持って!次の作品も楽しみにしてるから♪》

 と、返ってきた。

 私はモモのことを昔と変わらず気心知れた友達だと思っているけど、モモの方は違うのだと痛感した。モモは私を“プロのイラストレーターをしている”友達と見てる――。

 弱音は吐けない。吐いてはいけない。この時、強くそう思った。

 とはいえ、悩みが解消されるわけでもない。

 最終的に、何でも相談できるネットの掲示板を頼った。私と同じ悩みを持った人が何か書き込みをしているかもしれない。

 色々なワードをローテーションで打ち込み、それらしいサイトが見つかるまで繰り返し検索をかける。数十分探してようやく、プロのイラストレーターが匿名で悩みを相談し合えるサイトを見つけた。

 書き込みされた日時はだいぶ前になっているけど、今の私と全く同じ状況に置かれている人のコメントがけっこうある。

《壁にぶつかることはイラストレーターにとって珍しいことじゃない。産みの苦しみ。絶えずそれと向き合っている。》

 誰もが通る道なんだと、安堵(あんど)する。

《作家の才能を潰すも生かすも編集次第。相性もあるから一概(いちがい)に言えませんが。》

 そんなコメントを見つけて、ハッとした。

 私が描けなくなったら、海音にますます重荷を背負わせてしまう…?それだけはいけない。

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