声を聞くたび、好きになる
私の背中に腕を回したまま体を離し、海音はいとおしげなまなざしを向ける。
「あの時のミユの電話、様子が変だとは思ったけど、恋愛経験とか色々質問されたの、嬉しかった」
「あれは、秋吉さんと海音の関係を探ろうとしてただけでっ!」
顔から順に、全身が熱くなる。私の心の奥深くまで探るようなまなざしで海音は言葉を続けた。
「本当にそれだけ?俺に興味あったんじゃないの?」
「それはっ!……そうだ!」
海音に訊きたいことがまだまだあったんだった。
「昔、海音が進路のことで悩んでた時に『イラストに関するアドバイスがうまい』って助言してくれた友達って、秋吉さんのこと?」
「違う」
その時はまだエリカと付き合ってすらいなかった、と、海音は付け足す。
「同じくイラストレーター目指してた男友達の助言だ」
「そっ、そうなんだ」
昔のことにこだわったって仕方ないのかもしれないけど、海音が今の仕事を選んだことに秋吉さんが関わっていないことは素直に嬉しかった。
ホッとする私をブスッとした顔で見下ろし、海音はスネた口ぶりになる。
「ミユ、俺のことどんな目でみてるわけ?同性の友達もちゃんといます」
「だって、秋吉さんに聞いたもん!海音、仕事のためならキャバクラ行ったり女とサシで飲んだりするって」
「サシって。どこの組織の会合だよ。ったく、エリカもいい加減なこと吹き込んでくれたな」
「はぐらかさないで?私にそうしたみたいに、酔った女性を介抱したり、その後は大人の時間~とか言って……」
「想像力豊かなのは結構だが、言った方が赤くなってどうする。ツッコミたいのか狙ってボケてるのかどっちだ」
私の両肩をがっちり掴み、海音は仕事モードの話し方をした。
「たしかに、キャバクラに付き合わされたり一対一で女性と飲むことはあります。でも、仕事の関係に色恋は一切持ち込みません。性的な関係なんてもってのほか!自由な場所に見えますが、出版業界は信用第一のお堅い世界なんです。あちこちで女性と関係を持っている編集者がいたとしたら、そんな人間は即クビでしょうね。それに、あなたに対しての対応は特別なものだと告げたはずです」
「…でも、海音かっこいいから女の人が放っておかないよ。知ってた?屋形船でも隣にいた女性のお客さん達が騒いでたこと」
「そうなの?ミユのことしか見てなかったから知らない。どうでもいい」
鼻で笑うと、海音はその大きな手で私の顔を優しく包み込んだ。
「最初から変わらないな、ミユは。愛情も深ければ猜疑(さいぎ)心も深い」
「そうだよ。今でも人は苦手な方だし、海音に対して抵抗なくマイナスの疑問をぶつけるひねくれた女だよ」
「上等だ。全部愛してやる」
言ったそばから、海音は私の唇にキスをした。角度を変えて、何度も何度も、求めるように、与えるように。
「海音、いきなり何す…!」
「いきなりじゃない。ずっと、したかった。俺の知らないミユを、もっと見せて?」
「まだ、疑問解決してな……!ん!」
熱く、優しく、それでいて強引に。海音のキスは、今まで隠してきた恋心をさらした深いものだった。
どれだけ触れても足りないと言わんばかりに続く。海音に求められ、そのひとつひとつに応えるたびに、私の心は絡め取られていく……。
唇を離すと、色っぽくも野性的な目つきで海音は言った。
「俺がかっこいいんだとしたら、それは他の女のためじゃない。ミユのためだ」
「でも、他の人が海音を誉めたり好きになるのは嫌だよ。取られそうで恐いもん……」
「そんな安い男じゃないつもりだけど?」
大好きなのに、大好きだから、不安になる。心のつながりはもろい糸のようで……。こんなに情緒不安定じゃ、今はよくてもいつか重たい女って言われて嫌われるかもしれない。
「幸せなのに、不安だよ。海音、私、どうしたらいい……?」
初めて知る恋の感情は、私自身にもコントロールできないくらい自由で凶暴だった。気持ちの高ぶりで流れる涙を、海音は唇で拭ってくれる。そのまま瞼に優しくキスをされた。
「そのままでいいよ。ありのままのミユで。汚いところも可愛いところも、あますことなく愛させてよ。な?」
「本当に?嘘じゃない?ずっとずっと、私だけを見ててくれる?」
「当たり前だ。ずっと大切にする。恋する気持ちも、仕事のことも、安心して全部、俺に任せてほしい」
「海音……」
海音を強く抱きしめ返し、私はつぶやく。
「大好きだよ、海音」
「ありがと。気持ち、やっと届けられた……」
互いを見失わないよう、存在を刻みつけるように抱きしめあう。
海音を独り占めできるこの時間が、いとおしくて幸せで安心できる。
海音も同じ気持ちでいてくれる。二人の想いがつながる奇跡。
この先もずっと、こうして手を取り合い仕事をしていきたい。恋する気持ちを深めていきたい。海音と一緒に……。