声を聞くたび、好きになる

 芹澤さん、こんな人間をスカウトしたのを後悔してるだろうな……。

 恐々と相手の反応を伺っていると、その空気が向こうにも伝わったのか、芹澤さんは第一声よりも穏やかにこう言った。

『緊張されていますか?』
「はい、かなり……」

 しまった!正直に答えてしまった!社会人経験皆無とはいえ、これは気が利かなさすぎる!

 内心汗だくの私に、芹澤さんは変わらぬ声音で対応してくれた。

『ははは。そうですよね。私も緊張しています。いきなりこんな電話をして困らせてしまい、本当に申し訳ないと思っています』
「いえ、そんな……」

 どんな言葉を返せばいいのか分からない。こんな口下手な人間を相手に電話しなきゃならない芹澤さん、かなり困ってるだろうな。

 たどたどしい対応を申し訳なく思っていると、芹澤さんはいよいよ本題を口にする。

『さっそくなんですが、お仕事に関するお話をさせていただきます。どうか、楽なお気持ちで聞いて下さいね』
「はい……」
『戸塚さんはこれまで働きに出られた経験がないとおっしゃっていましたが、気になさることはありません。このお仕事をしていただく上で一番大切なのは、絵師さんの情熱と想像力、それだけですから。

 それでも足りない、納得いくものが描けないという危機にぶつかった場合には、我々編集者が全力でサポートいたします。もちろん、絵師さんの調子が良い時も常に寄り添うような気持ちでサポートさせていただきます』

 こちらの不安を全て見透かしているみたいに、芹澤さんはきめ細かな説明をしてくれる。

 イラスト製作のストレスにならないよう、私の在宅勤務を徹底させたいとまで言ってくれた。

 もしも私が専属契約を結んだ場合は、芹澤さんが私の担当編集になるそうだ。なので、打ち合わせも極力電話やメールで済むよう動いてくれるとのこと。

 私にとって都合いいことこの上ない。ここは喜ぶべきなんだろうけど、芹澤さんの話を聞いていくうちに私は不安で胸が潰れそうになった。

 はい、はい、と、適度に返事をしていた私の声音から、芹澤さんはこちらの心境を読み取ったみたいだった。

『戸塚さんのご不安は察しております。そのお気持ちを丸ごと引き受けるつもりで、私は戸塚さんに声をかけさせていただきました』

 芹澤さんの声は、真剣さを増す。

『これまで戸塚さんがオークションサイトに出品してみえたイラストには毎回高値が付き、流札することなく確実に落札されていますよね。プロのイラストレーターでも、そこまでの人気を得るのは難しいのです』
「そうなんですか??」
『はい。現在紙川出版の最前線で活躍してみえるイラストレーターさん達も、デビュー当時は多大な宣伝費を費やされていました。そういう過程があって今の人気に繋がったとも言えます。もちろん、彼らにも才能があったのは本当なのですが。

 正直に申しますと、オークションサイトで戸塚さんのイラストに付く値段は安すぎると、私は思っています』
「そう、なんですか?」

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