声を聞くたび、好きになる
呆れられると思ったのに、芹澤さんは柔らかく笑い声を漏らした。
『嬉しいですよ。戸塚さんがどういう女性なのか、ひしひしと伝わってきます』
「そうなんですかっ!?それはそれで、何て思われてるのか不安です……」
『素直で純粋な方だと思いました。そういう性格の方とはとてもお仕事しやすいので、担当編集として、ものすごくホッとしていますよ』
これは、芹澤さん的な気遣い…いわゆる社交辞令というやつなんだろうか。
「仕事、しやすいんですか?私みたいなのが……?」
『ええ。しやすいですよ、とても』
ハキハキと明るい声音で芹澤さんは言う。
『編集者と絵師さんは、二人三脚で作品を作っていく関係になります。
戸塚さんも実際にお仕事を始めていただくと強く感じることになると思いますが、感性を生かした職に就く方は妥協を嫌い、創作に全身全霊を込めます。クリエイター魂とも言いますね。寝食を忘れて作業に没頭する方も多いです。
編集者も、絵師さんも、作品作りに少しの妥協もしたくない。その思いが強くなるがゆえに、お互いの意見を熱くぶつけ合う場面が出てきます。そんな中、私か戸塚さん、どちらかが変に気を使って遠慮をすると、考えの違いを擦(す)り合わせたり意見交換することが難しくなるのです。結果、満足いく作品が出来上がらない。そうなると、編集者と絵師さんの間に信頼関係を築くのは難しくなりますし、絵師さんの作業も滞(とどこお)ってしまったり、と、悪循環になります。
そうならないために、戸塚さんにはありのままの姿で私に接してほしいのです。
一般的な仕事に必要とされる社交辞令やうわべだけの付き合いは、私達の仕事には害となってしまうんです。その点を考えても、他で勤務経験のない戸塚さんはまっさらで、とてもスムーズなんです』
「そうなんですか……」
そんなことを言われるなんて思わなかった。芹澤さんに対しては、しゃべりや気遣いが下手なままの私でいていいってこと??ニート感丸出しどんとこい!みたいな??
『いきなりは難しいかもしれませんが、私のことは気心知れた友達や幼なじみだと思って接して下さい。戸塚さんにはベストコンディションでイラスト製作に臨(のぞ)んでいただきたいから。私への遠慮は一切必要ありません』
「話は何となく分かりました。でも、本当に素の自分で芹澤さんと話していいんですか?私、知らないうちに何か失礼なこと言って怒らせたり、迷惑をかけて芹澤さんの仕事の邪魔をしてしまうかもしれません。うまく立ち回る自信がないんです、本当に……」
『大歓迎ですよ。むしろ、クリエイティブなお仕事をされる方には個性的な内面が望ましいです。一般的な思考にのまれ小さくまとまってしまうと、柔軟な発想や創造性を欠いてしまいますからね。作家さんにはワガママでいてもらった方が、私はやりやすいですよ』
そう言い切る芹澤さんの声からは、並々ならない自信がこもっているように感じる。敏腕編集と評価されているのは、そういうこと??
気が付けば、私は芹澤さんに対してリラックスしていた。さっきまであんなにガチガチだったのに……。これが、芹澤さんの手腕なの……?
「分かりました。出来るだけ気を遣わないよう気をつけます。って、日本語変ですかね?」
『その調子ですよ、戸塚さん。これからもっと、そうやって地を出して下さいね。受け止めますから』
モモや流星と話す時みたいに、私は素の自分で芹澤さんと会話していた。そんな自分が居たことに、私自身ものすごくビックリしてしまう。
人と関わるの、苦手だったけど……。芹澤さんと仕事ができるなら、そういうコンプレックスを解消し、苦手なことを克服できるかもしれない。
『それでは後日、正式に契約を結ぶという方向でお話させていただきますので、契約書のことなど、またメールを送りますね』
そう言い、芹澤さんは電話を切った。芹澤さんの最後のセリフが、電話したての時より砕けた感じになっているのが、何だか嬉しかった。
在宅の仕事とはいえ、契約書を書く時はさすがに外に出なきゃならないんだろうな。でも、不安とかはなく気持ちは穏やかだった。芹澤さんのおかげだ。
1時間前はこの世の終わりみたいな気分だったのに、今こうして穏やかな気分でいられるのがとても不思議。
モモや流星以外の人と、仕事の付き合い。仕事なのに友達みたいな関係になっていくのだろう。
これからもっと新しい自分を見つけられるかもしれない。そんな予感で、私は珍しくウキウキしてしまった。
《3 流星以外の異性(終)》