声を聞くたび、好きになる
初めての仕事。芹澤さんの懇切丁寧な説明は続く。こちらからも時折質問を返した。
仕事の内容をひととおり理解する頃には、日が暮れていた。
薄暗くなったリビング。明かりをつけようとした私と同時に芹澤さんも立ち上がり、帰り支度をする。
「今回は契約のついでのような感じで仕事の依頼をしましたが、今後は電話やメールでの依頼が中心になります」
「わざわざ東京から来てもらい、ありがとうございました」
玄関先で芹澤さんを見送る時、むしょうに寂しい気持ちにおそわれた。こうして誰かを家に招いたのは、流星とモモ以外では初めてのことだったから……。
仕事の関係でこうなっただけだけど、私は芹澤さんと過ごしたこの数時間に、思いの外(ほか)愛着を持ってしまったらしい。
自分で思っていた以上に、私は寂しがりな人間なのかな。それとも、私達を見下ろす夜の景色が切ない気分を引き寄せるの?
「気を付けて帰って下さいね」
心の内を悟られないよう平静を保ち、芹澤さんを見送る。
「もうこんな時間か……」
玄関を出た芹澤さんは星空を見上げ、満足げに微笑した。
「こんなに綺麗な夜空、久しぶりに見ました。まるで、星々が私達の出会いを祝福してくれているようですね」
どんな感情を持って、芹澤さんはそんなことを言うんだろう。イラストレーターに対する言葉には聞こえない。恥ずかしくなり、私はうつむく。
「東京は星が見えないんですか?」
「ええ。ここと同じように星は出ているんでしょうが、夜の東京は街灯やビルが放つ強い光に満ちているので、山の方まで行かないと星空は見れません」
「そうなんですか……。ちょっとでもこの空を楽しんでいって下さいね」
見送りの言葉を最後に遠ざかると思っていたスーツの背中は、私に背を向けたまま動こうとしない。
「忘れ物ですか?私、取ってきます」
「いえ、違うんです」
こちらに向き直ると、イタズラがバレた子供みたいにバツの悪そうな顔で芹澤さんは言った。
「東京に戻りたくないなって、一瞬思ってしまって」
「まだ、お仕事が残ってるんですか?」
「はい。これから新幹線に乗り東京の本社に戻ります。何かあった時は遠慮せずにいつでも連絡してきて下さいね。深夜でも気にしませんから」
そう言い残し、芹澤さんは夜の道に姿を消した。名残惜しげに片手を振りながら。