声を聞くたび、好きになる
「言っとくけど、あの人に会ったのは『ついで』だから。ミユを楽しませるのメインで今回は来てる」
「……!」
「考えてること顔からだだ漏れ」
クスッと笑い、海音は私の頭をクシャリと撫でる。
「なんでそんなに素直かな。おかげで目が離せない」
「それは編集者として、だよね」
気持ちを読まれたことが嬉しいのになぜか素直になれなくて、わざと、突き放すようなことを言ってしまう。可愛くない、私。
海音は腹を立てたり呆れたりすることもなく、優しいまなざしでこっちを見ている。
「編集者の分(ぶ)を越えてるでしょ、これは」
「海音は、担当してる他の作家さんにも同じようにしてそう」
彼氏彼女でもないのに、独占欲だけは止まらない。海音に可愛いげのないことばかり言う一方、流星のことで傷付いた瞬間が遠い日の出来事に思えていた。
次々と運ばれてくる魚介類を網で焼いたり取り分ける作業を繰り返し、海音は小悪魔的微笑を浮かべた。
「食事することはあるけど、他の作家とは泊まりがけで出かけたり海辺で散歩なんてしない。もしかして、ミユ、妬いてる?」
「妬いてないっ」
「隠すことないのに。っていうか、バレてるし」
「勝手に言ってれば?」
うわ。さすがにコレは生意気過ぎたよね。言っておきながら、私は自分で自分の言葉にヒヤヒヤした。
「心に深く立ち入られると、ミユはそういう風になるんだな」
「えっ?」
「うわべだけの付き合いだと、そういうのは出てこない。第一印象のミユは、従順そうで控えめな感じだったから」
「私、いつもはこんなんじゃなくて……」
「いいんじゃない?もっと見せてよ、本当のミユを」
嫌いになんてならないから恐れないで。語尾にそう付け足し、海音はテーブルの上で網焼きしていた物を私の口元にやる。
「うまいよ。食べてみ?絶対ハマるから」
焼きたてのアワビが、私の口に突っ込まれた。貝系は全部嫌いだから食べるのは魚だけにしようと思っていたのに、海音のくれたアワビはすごく美味しかった。
「おいひいっ」
「良かった。いい顔してる」
「んぐっ!!」
喉につまりそうになる。私は自分の顔をペタペタさわった。いい顔って何!?どういうこと??
「大丈夫か!?ほら、お茶」
手渡されたウーロン茶。これもあんまり好きじゃなかったのに、ものすごく美味しく感じた。
まるで世話焼き上手なお兄ちゃんみたい。海音は私の言動に少しも呆れたりしないで、むしろ楽しませようと気遣ってくれた。
苦手な食べ物を克服できたのは、海音がおいしい物を食べさせてくれたおかげだ。
あと、あんなに苦手意識の強かった人の居る場所も、今は気にならない。他のお客さんは皆それぞれ楽しそうに談笑している。今までの私は、人の視線や話し声に過剰に反応しすぎていたのかもしれないな……。
ファミレスやファーストフード。一人で行くのは今も嫌だけど、今こうして人の多い場所で落ち着いていられるのは海音のおかげなんだと知った。
思いきってイラストレーターになって良かった。そうしなかったら、海音とも出会えていなかったのだから。