声を聞くたび、好きになる
海の上をゆったり進む屋形船。太陽の光が反射して水面が輝いているのが、船内からでもよく見えた。
美味しい料理。仕事の付き合いだけじゃきっと見られなかった海音の優しさ。
街中で歩きながらお酒を飲んだことはすごく反省してるけど、意識を無くすまで飲んだ私の元に駆けつけてくれたのが海音で本当に良かった。
食事の時間が終わり、近辺の海岸を横断すると、屋形船は船着き場に戻った。
もう、そんな時間か……。
海音が東京に戻ってしまうことを考え寂しさを感じていると、
「名残惜しいけど、行くか」
海音が手を差し出し、私を船着き場まで導いた。船の出入口と船着き場の段差が危ないことを気にしてくれたらしい。
人好きのする対応で船長に別れの挨拶を告げると、海音は旅館の駐車場に向かった。
「帰りは家までちゃんと送る。安心して」
「え?」
海音はここまで新幹線と電車を乗り継いで来たはず。だから、私の家へも歩いて帰るのだと思っていた。
「警察にミユを迎えに行った後、レンタカーかりたんだ。車の方が何かと便利だろ?」
さすが海音。屋形船の船長さんと交流しているだけあって、地方の交通事情をよく分かっている。
この地域は交通機関が少なく商業施設も広まっていない田舎町なので、移動手段に自家用車を持つ人が多い。
海音が駐車場に車を取りに行っている間に、私は旅館の客室に自分の荷物を取りに行った。
記憶を無くすくらい酔っていたのに、新品の画材は肌身離さずしっかり持っていたらしい。
駐車場に着くと、海音が車までエスコートしてくれた。四人用のセダンだった。
「ミユお嬢様。どうぞこちらへ」
冗談めかして執事っぽく振る舞いながら助手席の前に立ち、海音はドアを開けてくれる。
「ありがとう」
照れを隠しつつ乗り込む。広々した車内には、今朝海音から放たれていた甘い石鹸の香りがふんわり漂っている。反射的に抱きしめられたことを思い出し、ドキドキしてしまう。
レンタカーなのに、普段から海音が乗っている車みたいに感じた。