声を聞くたび、好きになる
6 挫折の影に
春先に初仕事を引き受け、その夏には『50年に一人の逸材(いつざい)!』として、サブカル雑誌で紹介されるまでになった。
毎月、途切れることなく仕事の依頼は来ている。
女性向け恋愛ゲームのキャラクター原案が主な仕事になっているけど、幅広い世代に向けたポスターイラストやCDジャケットの製作といった仕事もある。
世の中には、イラストレーターとして携われる仕事がこんなにもあるのだと知り、新人の私は目を見開くばかりだった。
アニメを見てまったりする時間はほとんど取れなくなったけど、それが気にならないくらい、私は描くことを楽しんでいる。
オークションに出品していた時から感じていた、自分の作品で人を楽しませる喜び。その感情が、今は何倍も強く感じられる。幸せだった。
ここまでスムーズに仕事をこなしてこられたのは、紙川出版の人達や海音が支えてくれたおかげ。私の力だけではない。
有名イラストレーターとして“ミユ”の名前が広まっていくことにためらいを覚えつつ、仕事の楽しさが快感になっているのも本当だった。
締め切り前は体力面でつらいけど、辞めたいとは思わなかった。
和解した日から、遠方で働くお母さんは月に一度必ず帰ってきてくれるようになった。
私がイラストレーターになったのを喜び、ケーキや料理を奮発してお祝いまでしてくれた。それだけで充分なのに、私の手がけた作品を全て集めてチェックするようになった。
それだけにとどまらず、お母さんは今や、かつての私よりヘビーなアニメオタクになっている。私のハマっていた物だから自然と好きになったとのこと。
私より子供みたいなところがあるけど、そんなお母さんを見ていると気合いが入り、いい作品を作りたいと志気が高まった。
それだけじゃない。ここまでやってこれたのは、海音が支えてくれたから。担当編集としてはもちろん、一人の友達として……。
東京に住む海音は、二週間に一度、泊まりがけでこっちに会いに来てくれる。
駅前のビジネスホテルに部屋を取り、自宅で仕事をする私の元に差し入れや東京のお土産を持ってきてくれた。
お母さんの帰宅と海音の訪問のタイミングは合ったことがなくまだ再会を果たせていないけど、二人はそれぞれ、機会があれば会いたいと言っている。
専属契約を結ぶ前の不安が嘘だったかのように、何もかもがうまくいっていた。
でも、逆に考えたら、うまく行き過ぎていたのかもしれない。障害が無さすぎて、そのしわよせは確実に迫っていたのに、私はそれに気付きもせず、こんな毎日がずっと続けばいいのになと、安穏とした気持ちでいた。