あと、11分
一歩、前に出た。
握りしめた手の感覚はもう、なかった。しゃがみ込んだ香澄の前に立って、俺は言う。
「姉さんが、本当にお前を恨んでると思ってんのかよ」
香澄が、止まった。
多分、そうだよって言い返すつもりだったんだ。でも、それを遮って俺は言葉をつづけた。
「本当に、そうだって思ってんのかよ。アイツはな、死んでから9年間ずっと、自分がどうしてここにいるのか、どうして死んでしまったのか訳も分からず、ずっと過ごしてきたんだ」
「スイ、やめて」
「話しかけても、気づいてもらえなくて。触ろうとしてもお前みたいにすり抜けて、触れられることもできなくて。
そんな9年間をずっと過ごしてきたんだ。でも、唯一思い出したんだよ。お前の記憶、お前のことを」
「スイ、ねえ、お願いだから」
「お前を恨んでる?お前を憎んでる?
知ってるか、記憶を取り戻したシキはお前を恨んでも憎んでもいなかった。俺に、なんていったと思う?
救いたいって、香澄くんを救いたいって言ったんだよ。なのに、お前は!
お前は、シキを否定して、シキがいなかったことにしようとしてんだよ!!」
香澄の震えていた肩が、ぴたりと止まった。自分がしてきたことを、思い出すかのように。言ったことを、思い出すかのように。