悪魔と私

~~SIDE 松永香織



「ただいまっ!」

「……なんか買ってきたの?」



悪魔がガサガサとレジ袋の音と共に帰ってきた。


仕事終わりの静かなひと時は終わりだな。私は読んでいた本を閉じて、玄関に出向く。


悪魔は大きなレジ袋を2つも提げていた。

そんなに何を買ったんだ。ゴミになるものなら怒るぞ。

私はずいと悪魔に近づき、レジ袋のひとつを取り上げる。



「おかえりくらい言えよな。……あ、そっちはシャンプーとか洗剤な。で、こっちが野菜とか食糧。今日給料日だったから買ってきた」

「なんで?」



シャンプーも洗剤もまだあるし、食糧だって夏の盛りに買った素麺が大量に残っている。

不思議に思って首を傾げる私に、悪魔も首を傾げた。



「なんでって。アンタ喜ぶかなと思って」

「はあ?」

「このシャンプー良いんだぜ?バイトの子に教えてもらったんだ。

あと、アンタ素麺ばっか食ってるから、ちゃんとした飯食べたいかなと思って。俺、つくるよ!バイトで習ったから」

「……私、今のシャンプーで満足してるし。食事もそうめんで十分なんだけど。仕事ある日は社食でちゃんと食べてるし」

「なんだよ。折角買ってやったのに」



拗ねた調子で悪魔が口をとがらす。

残念だが、大の男がそんなことやっても可愛くない。


とりあえず、私を喜ばそうとしてくれたことは理解できたが、折角のバイト代をこんなことに使う精神を私は理解できなかった。



「ねえ、悪魔。最近貴方おかしいわよ。早く望みを言えとか急かさなくなったし」



近頃、悪魔はすっかり人間じみている。

バイトに行って働き、風呂にも毎日入る。

食事はいらないと言っていたのに、朝晩私と一緒に食べるようになっていた。

バイト先から残り物をもらってくることもある。


一体、この1ヶ月ちょっとの間に何があったというのか。



「何か企んでるの?」

「ちげえよ。つか、それを言うなら、アンタだって、俺を追い出そうとしなくなったじゃねえか」

「まあね。無駄だってわかったもの」

「俺もアンタと同じだよ。言っても無駄だって分かったから、アンタが死ぬまで付き合うことにした」

「……なにその嫌がらせ」

「悪魔にとっては八十年なんて、すぐだからな」



人間体験も悪くない。

そう言って、悪魔はレジ袋の中身を棚と冷蔵庫に移したのだった。


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