極彩色のクオーレ
あの晩、マスターにこの森を離れるようなことを告げられた少年は焦った。
焦りのなかで、この感情が芽生えた。
けれども名前は分からなかった。
自覚する形で羅針盤に記憶させるには、感情の名前を知らなければならない。
『喜び』と『楽しい』のときと同じように問うても、マスターは教えてくれなかったのだ。
『その”心”はおれなんかにじゃなくて、もっとお前のことを大事にしてくれる奴のためにとっとけよ』
そう言ったきり、マスターは少年の感情について触れてこなかった。
あの時点でもう既に、彼は少年を必要としていなかった。
何も言い残さずに捨てられた方が、どれほど楽だっただろう。
その思いがあったせいなのか、少年は名の知らない”心”と共にその記憶を忘れた。
なかったことにして、認めずに、マスターを追いかけてきた。
願わくはもう一度、彼のゴーレムとして動けるように。
そのために旅を続けてきた。
でも――
『マスターじゃなきゃダメなの?』
少年は改めてティファニーを見つめた。
マスターとは違う、人形職人でもなければ天才でもない。
だが、出会って間もなくゴーレムだと分かってからも、少年という存在として接してくれた。
そこがマスターに似ている。
(目の前にぼくを必要としてくれる人がいたら、それに従いたい)
あのとき造主が残した言葉、あれはこのときを意味するものだったのだろう。