10円玉、消えた
竜太郎は無意識のうちに女子社員・白川の携帯に電話する。
彼女の携帯番号は、飲み会をセッティングする際の連絡用で控えてあったのだ。

「もしもし」

「あ、部長。どうしたんですか?なんか仕事のことですか?」

「い、いや…その…ちょっと時間が空いてるんで、一緒に食事でもどうかなと思ってね」

突然の申し出に白川は動揺する。
「あ、で、でも…あの、奥さんは…?」

竜太郎は苦笑した。
「女房は出てってちまったよ。仕事仕事の俺に、もう付き合いきれないんだとさ」

「いつなんですか?それ」

「連休が始まるほんの何日か前さ。まいったよ」

白川は返事に窮し黙り込んだ。

「何か予定があるのかい?」
と竜太郎が聞く。

「い、いえ、別に。時間は大丈夫です。でも…」

そこで暫く沈黙の時間が流れる。

やがて竜太郎はフッと我に返ったような気分になった。
一体俺は何をやってるんだ、と自分に問う。

竜太郎は慌てて口を開いた。
「いや白川、すまん。急にこんな電話して。食事は一人で済ますよ」

「で、でも部長…」

「いや、すまなかった、ホントに。俺はどうかしてたんだ。ゆっくり休んでくれ」
竜太郎は素早く電話を切った。



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