10円玉、消えた
「いつからだ?あんなになったの」
菓子屋は二人に問う。

「さあ…」
靴屋も煙草屋もほぼ同時に首を振った。

そして靴屋が言う。
「それにしてもリュウちゃんはしっかりしてるよな。やっぱり親がああだと逆に子はちゃんとするもんなのかね」

「そうか、だからウチの息子はダラシねえんだな」
と菓子屋。

靴屋は呆れ顔になる。
「何言ってんだ。お前んとこのトシちゃん、父親に似ずスゴいしっかり者だよ」

「へっ、ほざいてろ」

菓子屋の反応を見て、靴屋と煙草屋は声を出して笑った。



『らあめん堂』の入口の札は“準備中”になっている。
口論を始める際、どっちかが札をクルッと回して“営業中”から“準備中”に変えたのだ。

おそらく母さんの方だろうな、と竜太郎は察した。
そして、これからが稼ぎ時だってのに、まったくウチの親は何をやってるんだ、と思った。

竜太郎は裏の勝手口から入る。
当然鍵など掛かってはいない。

いまの時代からしてみれば、これは不用心の何ものでもなく、まったく信じられないことだ。
だが、まだ近所同士が強い信頼関係で結ばれていたこの時代では、家に鍵が掛かっていないことなど当たり前なのである。
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