10円玉、消えた
「その10円玉はまだあるかね?」
と老人が聞く。

「あります」

竜太郎はなぜかその10円玉を財布の中に入れる気にならず、いまはパソコンの脇にポンと置いたままだ。

老人は言う。
「ならば31年ぶりにやってみようではないか。“10円玉占い”をな」

「え、もう一度ですか?でも…」
竜太郎は戸惑った。

「どうした、何をためらっておる。せっかくの二度目のチャンスなんじゃよ。そんな機会に恵まれたのは君しかおらん。これもさっきわしが言った“きっかけ”じゃ」

少し間を置いて竜太郎が言う。
「でも、いま結果を知ったところで一体何の意味があるんですかね。俺は今年で46。どっちが出るにしても、もう軌道修正なんてできない歳まで来ちゃったんですよ」

「そんなことはない。君の人生はまだあと30年はあるんじゃぞ。まだまだこれからじゃ」

「それにもし、ラーメン屋の方だったら…」

「後悔すると言うのか?」

「そうです。もしそうだったら、会社員をやってきた俺のこの20年間は全くの無駄骨ってことじゃないですか」

「情けないことを言うもんじゃのう。自分がこれだと決めた道に無駄などない。成功するしないに関らずじゃ」

< 132 / 205 >

この作品をシェア

pagetop