10円玉、消えた
午後3時過ぎ、竜太郎は実家に到着した。
突然のことに母・幸子は驚く。
毎年正月は殆ど帰っているが、5月の連休時は初めてだからだ。

「あれ、お前一人かい?里美さんは?」
と幸子が聞く。

竜太郎は苦笑しながら答えた。
「ああ、逃げられちまった」

「えっ!なんだい、一体どうしたんだい?」

「俺も突然のことでビックリさ。まあ後でゆっくり話すよ」

幸子は複雑な表情を浮かべている。
30年前に源太郎が突然家出したことや、25年ほど前に杉田に突然捨てられたことを思い出したのだ。
そして、あんな目に合うのは自分だけで懲り懲りだと思っていたのに、まさか息子までがそんなことになるとは、と悲しい気持ちになっていた。

「母さん、そんな顔するなよ。あんな女、俺はもうスッパリと割り切ってんだから」
竜太郎は精一杯の嘘をついて、幸子を安心させようとした。

「まあお前が落ち込んでなきゃそれに越したことはないけど…。あ、いまお茶でも入れるから、ちょっと待ってな」
そう言って幸子はテキパキとお茶を作り始める。

今年で71歳になる幸子だが、体は丈夫で手・足・耳などもしっかりしている。
当然ボケなどもない。


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