10円玉、消えた
幸子が杉田に捨てられたとき、竜太郎はそれ見たことかと思う反面、かなり傷心し切った母がやはり心配だった。
店など眼中になかったが、この際実家に帰って幸子のそばにいてやろうとも考えた。

だが気丈な幸子はこう言い放った。
「一大決心して東京に行ったんだろ。だったらこんなことで戻って来ることはないさ。心配いらないよ。こんな店はサッサと畳んじまって、私ゃパートでもしながら一人でやってくさ。もしお前が戻って来ても、この家には絶対入れないからね」

竜太郎は、一人になってしまった母をくれぐれもよろしくお願いします、と黒部に頼んだ。
黒部もそれを快く受けてくれた。
いまでも黒部は頻繁に笠松家を訪れ、幸子の様子を見てくれている。

また商店街の人たちも常に幸子を気にかけてくれていたため、竜太郎は安心して東京暮らしを続けることができた。

60過ぎから年金生活に入った幸子は、いまは一日中ぼんやりとTVを眺めているか、タマに近所の人たちと出かけるだけの、実にのんびりとした毎日を送っている。
にも関わらず、こんなに体が丈夫でキビキビと動けるのはまさに驚異的だ。

そんな母の姿を見て、竜太郎は元気を取り戻していくのだった。



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