10円玉、消えた
幸子と一時間ほど話しをした後、竜太郎は外へ出た。
目的の公園に行く前に、黒部のところにも顔を出そうと思ったのだ。

かつての商店街はすでに無い。
『らあめん堂』をはじめ、靴屋・菓子屋・煙草屋など、その大半は20年前には閉店し、現在残っているのは『黒部サイクル』のみ。
どの店もいまは住居に変わっている。



『黒部サイクル』に訪れると、この日も黒部は汗だくになって自転車をいじっていた。
今年で57歳だが、20代の頃と殆ど変わらずハツラツとしている。
竜太郎は、あの老人の言った“まだまだこれからじゃ”という言葉をふと思い出した。

黒部孝夫は33歳の時に隣り町に住む7つ年下の女性と結婚。
自転車のタイヤがパンクして困っていたところを、偶然助けてあげたのがきっかけだった。

「タカさん、毎日自転車いじりばっかしててよかったね」
その経緯を聞いた竜太郎は、当時そう言って黒部をからかった。

22歳になる黒部の息子はすでに家を出て、大手の自動車工場に勤務。
高校卒業したての娘は地元の会社に通うOLだ。

息子には店を継ぐ意志はなく、従って『黒部サイクル』もいまの代で終わることだろう。



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