10円玉、消えた
竜太郎は一人愚痴りながら、今度はしっかりと部屋着に着替えた。
ムシャクシャしてる気持ちを吹き払うため、気晴らしに音楽をかける。
アリスや風など、最近お気に入りのニューミュージックだ。

でもたぶんゆっくりは聴いていられないだろう、と竜太郎は思った。
この界隈の出前はしょっちゅうやらされるからだ。

まあいいや、どうせタカさんのとこだ。
竜太郎はそう割り切ることにした。



やがて、下から母親が呼ぶ。
「ちょっと竜太郎、出前行ってくれない?」

ほらやっぱり、そう来ると思った。

まさに竜太郎の予想通りである。

寝そべって音楽を聴いていた竜太郎は、やれやれと言って体を起こし下に降りる。
いつの間にか店は通常に営業していた。
そしてカウンター席には客が一人。
この辺の住民ではなく、通りがかりのサラリーマンだ。
店に置いてある、何週間か前の週刊誌を読みながら、ラーメンが出来上がるのを待っている。

さっきまでの言い争いが嘘のように、父も母もいまではすっかり大人しくなっていた。
ただ、険悪なムードは店内いっぱいに充満している。
竜太郎にはそれがピリピリと感じられた。
気づかないのはそのサラリーマンだけだ。

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