10円玉、消えた
この日も竜太郎は、『黒部サイクル』に元気よく出前を届ける。

「お待ち~!」

その声を聞いて、黒部はニコッと微笑んだ。
丁度自転車の修理をしていたところである。

「リュウちゃん、どう?喧嘩は終わったかい?」
チェーンをいじりながら黒部が尋ねる。

「うん、終わったよ」
そう言って竜太郎は岡持からラーメンを取り出した。

「さっき菓子屋のオヤジから“またやってるよ”て聞いてさ。でも終わってよかったなあ」

黒部はタオルで汗を拭う。
まだ春なのに、彼は薄いTシャツ一枚という夏姿だ。
色黒で体がガッチリとしており、まさに健康そのもの。

それに比べて竜太郎は色白で体も細い。
決して病弱ではなく、風邪なども殆どひかない。
肌の色や体型が母親譲りなのだ。
顔も、目が大きく鼻筋の通った母親の顔によく似ている。

以前から竜太郎は、黒部のその逞しい腕を、スゴいスゴいと感心していた。
二の腕に大きな力こぶができるからである。
だから子供の頃、よく彼に「タカさん、ポパイやってよ」と言ってせがんだものだ。
最近では竜太郎は、生意気にも「早くお嫁さん見つけなよ」などと言って、まだ独身の彼をからかったりする。

< 18 / 205 >

この作品をシェア

pagetop