10円玉、消えた
そうだ、いま浮かんだ光景は、確か俺が幼稚園のときだ。
あのとき、父さんの作ったラーメンを初めて食べたんだ。

いま食べたラーメンの味は、まさにそのときのものだ。
ツユは濃すぎず薄すぎず、麺は固すぎず柔らかすぎず、全てがすんなりと舌に馴染む感覚だ。
そしてコクがあり、温かみがあるクラシカルな味。

父さんのラーメンを初めて食べたとき、本当に美味しいと感動した。
いまの感動もそれと全く同じだ。

父さんの作るラーメンって、こんなにも素晴らしいものだったのか!

そうか、俺はあのとき子供ながらに心に誓ったんだ。
絶対ラーメン屋になる、父さんに負けない美味しいラーメンを作るんだ、と。

だから俺は、父さんがラーメンを作るところを、よく厨房の陰からこっそりと見ていた。
母さんに「危ないからあっちに行ってなさい」と言われても、なかなかその通りにしなかった。

そしてある日、父さんがラーメンの作り方を教えてくれた。
つまり、押し付けられたんじゃなく、教えてくれるのを待っていたんだ。

ラーメン屋は、子供の頃に俺自身が決めた大きな目標だ。

あの爺さんの言った“大事なこと”とはこれだったのか!



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