10円玉、消えた
誰もが抱く、幼少の時の強い思い。
しかし時が経ち成長していくにつれ、“現実”というものを理解する。
それにより、その思いはみるみると忘れ去られていく。

しかしそれは完全に消えてしまうものではなく、心の奥底でずっとくすぶり続けているものなのだ。

竜太郎もそうだった。

商売が傾き、源太郎が仕事にやる気を無くした後も、竜太郎は店を継ぐべきか悩んでいた。
それは、ラーメン屋への思いがくすぶっていた証しなのである。

また杉田によって店が持ち直したとき、ラーメン屋への思いがすんなりと再燃したのもその証拠だ。

ただ、会社員になってからは強い上昇志向により、その思いは心の中で完全に別次元に置かれてしまった。
しかし竜太郎は、ラーメン屋への思いは決して失っていなかったのである。



竜太郎はツユも残さず全て平らげた。
幸子はツユだけ若干残したようだ。

「どうだ?」
源太郎が二人に即座に聞く。

「スゴく美味かった。ビックリしたよ」
と竜太郎。

幸子は素直には言わない。
「美味しかったけど、麺がいま一つだね」

「けっ、減らず口だな、まったくよ。市販の麺だからしょうがねえだろ」

竜太郎と幸子は笑った。



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