10円玉、消えた
食器を下げ、源太郎は洗い物に取りかかる。

幸子が慌てて台所にやって来た。
「あんた、そんなの私がやるよ」

「いいからゆっくりしてろよ」

幸子は居間に戻り、再びTVを観始める。
竜太郎は、居間から台所に立っている源太郎の背中を見た。

カチャカチャと音を立てながら、テキパキと洗い物をする源太郎。
その背中から、竜太郎は躍動するエネルギーを感じた。



大丈夫だ。
この父さんがついていてくれれば心配はない。
後は俺自身が、あの素晴らしいラーメンの味を頑張って引き継いでいくんだ。
よし、決めた!



源太郎のもとに竜太郎が近づく。

「父さん、決めたよ」
竜太郎は照れながら、その背中に向かって言う。

「何がだ?」
顔も向けずに源太郎は聞き返した。

「俺、ラーメン屋やるよ」

すると源太郎の手がピタッと止まった。
同時にカチャカチャという音も消える。

「俺と父さんで『らあめん堂』を復活させよう」

源太郎は無言だった。
しかし肩が小刻みに震えている。

「ち、ちょっと小便に行ってくらぁ」
やっと声を出した源太郎は、足早にトイレに駆け込んだ。

幸子が居間から不思議そうな顔を覗かせていた。



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