10円玉、消えた
夕方4時、源太郎は家を発った。
いま住んでいるアパートには4時間ほどで到着するらしい。

竜太郎が新幹線駅まで送っていこうとしたが、源太郎は頑なにそれを拒否した。
見送りされるのが嫌らしい。

二人きりになってすぐ、幸子が聞いてきた。
「竜太郎、あの人がさっき言ってたんだけど、お前ホントにラーメン屋やる気かい?」

「ああ、そうだよ」

「あんなにいまの会社で頑張ってきたのに、それでもいいのかい?」

「もちろんさ」

「このご時世、商売屋なんて大変だよ」

「『らあめん堂』の味なら大丈夫。お客さんもいっぱいつくさ」

「でもなんでまた急にラーメン屋なんか…。あの人に説得されたのかい?」

「ハハハッ、そんなことはないよ。ホントは前からやりたかったんだけど、きっかけがなくてさ。そしたら里美が出てって父さんが帰って来た。いまがチャンスって思ったんだ」

「まあお前がしっかり決めたことならいいけどさ」

「でも母さん、悪いね。暫くは手伝ってもらうことになりそうだよ」

「いや、私ゃ全然構わんさ。毎日退屈だったから丁度いいやね」
幸子は清々しい笑顔を見せた。

ホントは母さんも喜んでるんだな、と竜太郎は感じた。



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