10円玉、消えた
「どうした、リュウちゃん。しんみりしちゃって」

黒部に言われ、竜太郎は思わずハッとなる。

「い、いや…なんか俺、タカさんには“ありがとう”ばっかりだなって思ってさ。なのに俺はタカさには何もしてない」

「何つまらんこと気にしてんだよ。リュウちゃんと俺は昔から兄弟みたいなモンだろ。兄弟同士で妙な気兼ねなんかいらないさ」

竜太郎は俯いて目を潤ませた。



思春期に父親が遊び呆け、母親と毎日喧嘩。
挙げ句に父親は家出し、母親が10以上年下の従業員と関係を持つ。
家から逃げ出し、一人東京で漫画家を目指すが挫折。
そして会社員となって仕事に燃え、所帯を持つ。
昇進し続け、ようやく人生を順調に歩んだかと思いきや、今度は女房が出ていく。

普通なら堕落してしまってもおかしくない境遇だ。
しかし、そんな竜太郎が堕落しないでいられたのは、この黒部孝夫が常に心の支えとなっていてくれたからである。



「リュウちゃん、新しい人生の門出を祝って、今夜はパーッと飲みに行こう」

「あ、ああ、そうだね。行こう。でもなんかそれ、結婚式みたいだな」

「ハハハッ、ちょっとヘンなセリフになっちまったかな」



< 191 / 205 >

この作品をシェア

pagetop