10円玉、消えた
やがて黒部が少し真顔になって言う。
「とにかくさ、将来ことはいまはまだ深く考えなくてもいいと思う。俺なんか、ある日急にフッと“自転車屋をやりたい”なんて思いついただけだよ。先のことを決めるときって案外そんなモンさ。だから余り悩むなよ」

黒部は竜太郎の肩を軽くポンと叩いた。
竜太郎は少し気が楽になった。
顔にもだいぶ明るさが戻っている。
「うん、わかったよ」

「おっと、俺はそろそろ戻らなくちゃ。店を長くほったらかしにしてると、店番してる親父が後でブーブー文句言うんだよ。自分が余り仕事したくないもんたからさ。まいるね」

おどけたような素振りで言う黒部に、竜太郎はクスクスと笑う。

「じゃあなリュウちゃん、またな」
黒部は慌てて自転車に乗り、あっという間に遠ざかっていった。



そうだよな。
いまからああだこうだ考えてもしょうがないよな。
タカさんの言うように、突然フッと思いつくかもしれないし。



気がつくと辺りが暗くなり始めている。
外灯の頼りない光だけでは漫画などとても読めない。
仕方なく続きは家で読むことにした。
でも果たしてゆっくり読める状況なのかな?と竜太郎は思いながら、ベンチから立ち上がった。

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