10円玉、消えた
ある日竜太郎は、珍しく会社を定時で上がり、急いで帰宅した。
里美に旅行の話を持ち出して驚かせてやろうと思ったからだ。
会社から45分ほどの12階建てマンション。この805号室が笠松夫妻の住まいだ。
「お帰りなさい」
と里美が迎える。
竜太郎は、玄関口がすっきりし過ぎていることに首を傾げる。
そして奥のリビングに行くと今度は驚いた。
彼女が買い集めていた装飾品の類が何もないからだ。
「何かあったのか?」
竜太郎が心配そうに聞く。
里美はソファにゆっくりと腰を下ろし、低く重い口調で言った。
「リュウちゃん、長い間お世話になりました」
そして呆然とする竜太郎に、今度は離婚届が差し出された。
「さ、里美…これは…?」
「いきなりごめんなさい。私、これまでずっと我慢してきた。でももう限界」
「な、何言ってるんだ」
「リュウちゃんはこれから益々責任が重くなる。そうするといままでよりずっと仕事に打ち込むよね。リュウちゃんが定年退職するまでは、二人だけのゆったりとした時間なんて絶対に取れない。だから私、そこまでとても耐えられそうにないの」
暫くの間、竜太郎は言葉を失った。
里美に旅行の話を持ち出して驚かせてやろうと思ったからだ。
会社から45分ほどの12階建てマンション。この805号室が笠松夫妻の住まいだ。
「お帰りなさい」
と里美が迎える。
竜太郎は、玄関口がすっきりし過ぎていることに首を傾げる。
そして奥のリビングに行くと今度は驚いた。
彼女が買い集めていた装飾品の類が何もないからだ。
「何かあったのか?」
竜太郎が心配そうに聞く。
里美はソファにゆっくりと腰を下ろし、低く重い口調で言った。
「リュウちゃん、長い間お世話になりました」
そして呆然とする竜太郎に、今度は離婚届が差し出された。
「さ、里美…これは…?」
「いきなりごめんなさい。私、これまでずっと我慢してきた。でももう限界」
「な、何言ってるんだ」
「リュウちゃんはこれから益々責任が重くなる。そうするといままでよりずっと仕事に打ち込むよね。リュウちゃんが定年退職するまでは、二人だけのゆったりとした時間なんて絶対に取れない。だから私、そこまでとても耐えられそうにないの」
暫くの間、竜太郎は言葉を失った。