10円玉、消えた
老人は相変わらず穏やかな表情のまま話し始める。
「君のお父さんに初めて会ったのは、もうかれこれ20年以上も前じゃ。そのときお父さんはラーメン屋をやろうか、それとも工場勤めを続けようか、随分悩んでおった。そこでわしは、ほら、例の“10円玉占い”を持ち掛けてやったんじゃ」

「父さんもあれをやったんですか?」

「さよう。最初はわしのことを疑っておったようじゃが、やはりあのときは、もう藁をもすがる気持ちだったんじゃろ。占いの結果で自分の迷いを吹っ切りたかったに違いない」

「で、結果はどうだったんですか?やっぱりラーメン屋の方が出たんですか?」

「いやそれがな、“平等院”はラーメン屋、“10円”の方は工場、という条件でやったんじゃが、お父さんはそのとき手元を狂わせての、10円玉を川ん中にドボンだったんじゃ。確か君も硬貨をなくしたのう。ハッハッハッ、やっぱり親子なんじゃな」

竜太郎はまた照れ笑いをするハメになった。

老人は話を続ける。
「川ん中にドボンじゃ結果はわからん。じゃからわしはお父さんに“自分のやりたい方を選びなさい”と言ってやったんじゃ。そしたらお父さんはラーメン屋を選んだ」

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