10円玉、消えた
「占いじゃなく、結局は自分で決めたんですね」

老人は無言で頷き、すぐに話しを再開する。
「間もなくお父さんは工場を辞めた。そしてラーメン屋の修行に出た。その間にお金もコツコツ貯めて、やがて店を出した。そりゃ大変な苦労じゃったろう」

竜太郎は、父親がラーメン屋に熱い情熱を傾けていた頃を思い出した。

「いらっしゃい!」と威勢のいい声で客を迎え入れ、まるでマジシャンのような手さばきで颯爽とラーメンを作り上げる。
夜遊びする前の父さんはホントにカッコ良かったな、としみじみ感じる。

更に老人の話しは続いた。
「じゃが君もわかってるだろうが、途中から商売がうまく行かなくなった。それでもお父さんは何とか踏ん張っておった。わしもそのまま何とか持ちこたえてくれるのを願ったもんじゃ」

「でも父はダメでした。俺が中学生になった頃はすっかり夜遊びするようになっちゃって…」

「まさしくそうじゃ。いまから2年ほど前だったのう」

「なんで急にそうなったのか、母もさっぱりわからないみたいです」

「それはの、その時期お父さんは、店をもうやめようかとまで思い詰めたからなんじゃ」

「え!そうだったんですか」


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