10円玉、消えた
源太郎が閉店を考えるまで至ったのには、実は“あること”がきっかけとなっていた。
それは、彼がかつて勤務していた工場が大躍進したことである。

全国で何ヶ所にも工場を持つ企業となり、小さな工場時代に一緒に働いていた同僚たちは皆一躍大出世。
廃れた個人店の店主と、急成長企業の高給取りの差を見せつけられ、源太郎は言いようのないショックを受けた。

ラーメン屋なんかやらないで、あのまま工場勤めをしていればよかった。
俺の選んだ道は間違いだったんだ。
源太郎は思い込む。

店をやっていく意欲を失い、この公園のベンチでボーっと座っていると、突如老人が現れた。
最初に会ったときから20数年ぶりの再会である。

源太郎は言った。
「なあ爺さん、俺がラーメン屋を選んだのは間違いなのか?それともいつかはまた商売もよくなるのか?教えてくれよ」

老人は呆れ顔を見せる。
「なぜそんな弱気になっとるんじゃ」

「俺が働いてた小さな工場がデカくなっちまったんだよ」

「知っておる。あそこの社長は大したもんじゃ。で、それがラーメン屋と何の関係があるっていうんじゃ」

源太郎はムッとして答える。
「何の関係があるかだと?大ありだ」

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