10円玉、消えた
その言葉に老人は満足気に頷いた。
「うんうん、それでいいんじゃ」

辺りはすっかり夜になっている。
公園の外灯だけが一際目立っていた。

老人はベンチからゆっくりと立ち上がり、竜太郎に言う。
「さて、もう君とは当分会うこともないじゃろ。頑張るんじゃよ、達者でな、竜太郎君」

「はい」

老人は軽快な足取りで歩いて行く。
竜太郎は遠ざかるその背中を漠然と見送っていた。

すると間もなく、老人の姿が暗闇に紛れてスッと消える。
驚いた竜太郎は慌てて駆け寄ってみたが、老人の姿を確認することはできなかった。

「あ、あの爺さん…い、一体何者なんだ」
そう呟きながら、ガタガタと身を震わせる。
自分が空腹であることは、最早彼の頭の中にはなかった。



その日から奇妙な現象が起こった。
源太郎が夜遊びをパタッと止めたのだ。

以前のようにただひたすらラーメンを作り、店が終わると暫くTVなど観てゆっくりとし、そしてあとは寝る。
まるでリピート再生のような、同じパターンの繰り返しであった。

いつの間にか、ボイコットしていたはずの幸子が店に復帰している。
二人の間に言い争いは全くない。



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