10円玉、消えた
ただ勝手なもので、商店街の人々は同時に物足りなさも感じていた。
その代表的なのが、例の“トラブル好き”の菓子屋の店主である。
『らあめん堂』が何も起こらないことで、露骨に不満気な表情を見せている。

「ちっ、今日も何もナシか。つまらねえ」
と、この日もボヤく始末。

「おいおい、そんなこと言うもんじゃねえよ」
煙草屋は即座に注意する。

しかし内心は皆菓子屋と似たり寄ったりなのだ。
静かな『らあめん堂』に心底安堵しているのは、隣りの靴屋くらいなものだろう。

「でもよ、ホントにこのままで行くと思うか?」
と菓子屋。

「まあ、そりゃそうだが…」
一同答えに窮する。

「じゃあ一丁賭けようぜ。俺ぁせいぜい1ヶ月ってとこだな」
菓子屋は目を輝かせて言う。

「そりゃないだろ。夏までは保つって」
煙草屋もノッてきた。

「俺はせめて今年いっぱいは持ちこたえてくれると思うよ」
結局靴屋も二人につられてしまった。

やがてこの不謹慎な賭けには、八百屋や金物屋なども加わる。
皆、名物の“ラーメン屋夫婦バトル”が無い寂しさを埋める気なのであろう。

当の笠松家には知る由もない。
人の心とは随分と身勝手なものである。


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