10円玉、消えた
「これ読んでみなよ」
吐き捨てるようにそう言って、幸子が書き置きを差し出した。

竜太郎は緊張の面持ちでそれを読む。



幸子へ 竜太郎へ


突然すまない
以前から仕事をやる意欲を失っていた
そんな状態で家にいるのはつらかった
だから竜太郎が高校入学したのを期に家を出ることにした

幸子、家や店や貯金は全部おまえに譲る
離婚届は自分の欄だけ記入しておいた
あとはそっちで出しといてくれ
店をどうするかはおまえに任せる
山村さんに相談するといい
山村さんには事情は話しておく

竜太郎、情けない父親ですまない
母さんのこと、くれぐれも頼む


源太郎



「ホント情けないよ、まったく」
竜太郎が読み終わると、幸子がすぐそう言った。
ショックと同時にすっかり呆れ果てた表情だ。

幸子は続けて言う。
「それにこんな店、譲られたってどうすりゃいいんだい。あの人の貯金ったってろくに残ってないし。そんなの何の足しにもなりゃしない。笑っちまうよ」

竜太郎の心に怒りがこみ上げてくる。

後に残す母さんや俺のことを何も考えず、自分がつらいからってここから逃げ出す。
なんて勝手なヤツなんだ!と。


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