10円玉、消えた
この状況を考えれば、まるで夢のような話しだ。
そこまでしてもらって断る理由は何もない。

それに幸子は元々こういった客商売が好きである。
店を閉めて、パートで工事勤務やスーパーのレジなどをするのは正直気が進まない。
やはり小料理屋の娘として育った本質は変えられない、ということなのであろう。



竜太郎は、中学時は徒歩であったが、高校は自転車通学である。
それでも30分は優にかかる距離だ。

通学にはもちろん、黒部から合格祝いに貰った“オリジナル自転車”を使っている。

その日、帰り道でタイヤがパンクしたため、竜太郎は『黒部サイクル』に立ち寄った。
パンクの原因は、前輪に刺さった小さな釘であった。

修理が終わると、黒部が冷たい缶コーラを差し出してくれた。
途中から自転車を引いて歩いてきたため、喉がカラカラだった竜太郎はひと缶を一気に飲み干す。

すると黒部が、いつもの笑顔で話し掛けた。
「まだちょっとしか行ってないけど、どうだい?高校は」

「まだよくわかんないよ。クラスの連中は知らないのが多いし」

「部活は?」

「まだ決めてないけど、運動部はやだな。美術部あたりにしようかなって考えてるよ」


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