10円玉、消えた
「お、いいじゃん。リュウちゃんの得意分野だもんな」

竜太郎は少し照れ笑いを見せた。

「ところでリュウちゃん、もう漫画は描かないのかい?」

黒部の質問に竜太郎は思わずドキッとする。

8ヶ月前、失恋のショックでペンを置いて以来、漫画は全く描いていない。
あれほどの情熱があったというのに…

言葉が出ない竜太郎に、黒部は更に付け加えた。
「漫画家目指すって言ってたろ。もう諦めちゃう気かい?」

「べ、別にそうじゃないけど…。とにかくいまのこんな状況じゃ描く気になんかなれないよ」

事件が起こった日、黒部は竜太郎を励ましにすぐ来てくれた。
そのときのショックと怒りがごちゃ混ぜになった竜太郎の表情が、黒部には大いに気になった。
これはヤケになりそうな雰囲気だな、と。

そして5日ぶりに見たこの日の竜太郎は、そのときと全く変わっていなかった。
たった数日で変わるとは思えないが、ここはひとつ竜太郎に言ってやらねば、と黒部は思ったのである。

「リュウちゃん、こんな状況ったって高校に行けなくなるような状況かい?」

「行けるけど…やっぱ不安だよ」

「店の方は?」

「もうすぐ助っ人が来てくれるみたいだけど」


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